「金の卵」迎えたレストラン、50年の歴史に幕2008年04月19日15時02分 東京・JR上野駅前のレストラン「聚楽台(じゅらくだい)」が21日に閉店し、半世紀にわたる歴史をいったん閉じる。入居している「西郷会館」の建て替えが始まるためだ。高度成長期には、集団就職の若者たちが「東京の北の玄関口」に着いて最初に食事をする場所だった。西郷会館は長年親しまれてきた外観を一新し、2010年暮れに完成する予定だ。
西郷会館は51(昭和26)年に完成した。地上3階地下1階。終戦後、焼け野原になった上野広小路にずらりと並んでいた露天商が新たに店を始める場所として、上野公園の西郷隆盛像の下の斜面を利用して建てた。1階の商店街では、多いときで50店舗が営業していた。 「聚楽台」は59(昭和34)年にオープンした。2階全部を占める680平方メートルの広い店内には、座敷席、いす席合わせて350席ある。「元祖ファミリーレストラン」の自称どおり、だれでも楽しめるよう、メニューは和洋中をそろえた。「安土桃山風」という開業時からの店内のレトロな内装はいまも変わらない。 集団就職で上野駅に着いた人たちは、ここで食事をしてから就職先へ向かった。サラリーマンはここで一杯やってから、出張へ向かう夜行特急に飛び乗った。聚楽台を経営する聚楽レストラン営業部の木村文高さん(49)は、「思い出の場所として、いまも年に1度、必ず集まって来てくださるお客様がいる」という。 だが、東北・上越新幹線が91年に東京駅に乗り入れてから、上野駅は東京の玄関ではなくなった。建て替え計画が持ち上がり、すでに多くの店舗が店じまいした。 「聚楽台で食事をして、故郷へのおみやげを買う」のが定番だった西郷会館は、改築後には「これまでと違う新しい営業を考える」(管理する上野広小路商業協同組合)という。 聚楽台も、時代の流れにはあわせつつ、「あかぬけないけれど懐かしい、今の味を残して復元したい」と2年半後の再開を待つ。(相関真樹子) PR情報暮らし
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