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鉄鋼メーカーの活況やデジタル家電の好調などで、力強い再生への道筋を見いだしたかにみえるが、本当の姿が見えるという逆さメガネで目をこらすと、その足元は危うく、もろい。雇用、所得の行方も楽観できない。重苦しい空気の正体を見極める。(編集部 山田厚史)
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◆Lesson1 中国発インフレでデフレは終息か
溶けた鉄が高炉から噴き出す。真っ赤な鉄板が水蒸気をあげて走る。数ミリ以下の薄板に圧延され、表面処理を繰り返し、巨大なコイルに巻き上げられる。千葉・房総にある新日鉄・君津工場は、連日フル操業が続いている。
「2003年は新しい鉄鋼業がスタートした年だ」
新日鉄の三村明夫社長は胸を張る。業績はV字型回復。9月中間期の経常利益は前年の5.4倍。赤字だった最終利益は367億円の黒字に。NKKと川崎製鉄が合併したJFEは最高の利益を記録した。
「鉄の復調は、景気回復の先触れといわれる上場企業の好決算を象徴している」
みずほ総合研究所の中島厚志チーフエコノミストは指摘する。
「リストラ効果で損益分岐点が下がった。国内で業界再編が進み利益の出る体質になったところに、輸出が好調で売り上げが伸び、利益が跳ね上がった」
リストラと輸出による好転、というパターンは大企業・製造業に共通している、という。
●アジア向け輸出が急増
今回の景気回復は「大企業景気」「リストラ景気」であり、「輸出主導型景気」でもある。
企業は設備・人員・借金の三つの過剰に悩まされてきた。
「得意分野への特化」が叫ばれ、中高年の早期退職、新採用の絞り込みが進んだ。設備投資は手控えられ、人件費の圧縮は購買力を減衰させた。個人消費は日本の国内総生産(GDP)の約60%を占める。リストラが消費を縮み上がらせれば内需は凍りつく。売り上げが伸びないと、収益は出にくい。
活路を開いたのが輸出である。国内に代わって海外の購買力に頼った。アジアへの輸出は02年から急激に増えている。
鉄鋼輸出は、直接の中国向けが輸出全体の20%強だが、タイ、韓国、台湾などで加工し、中国に持ち込まれる鋼材は輸出全体の50%近いといわれる。
08年北京五輪、10年上海万博を視野にインフラ建設が急ピッチで進む。年率8%という成長が世界から資金と物資を吸い込む。
日本は粗鋼生産量1億1000万トン、世界最大の生産国だったが96年、中国にその座を譲った。中国大陸には100を超える高炉が建設され、生産高は02年で1億8000万トン、03年は2億トンを超える、という。それでも需要に追いつかない。向こう5年間で更に1億トンの供給増が必要とされる。新日鉄の生産に匹敵する増産が毎年必要になる計算だ。急激な需要の増加が価格を高騰させ、日本だけでなく韓国や台湾の製鉄会社も空前の利益にわく。
安い労働力を使って格安製品を世界に送りだす中国は「デフレの源泉」といわれてきた。ところが「いまや中国発インフレが心配」と三村社長。鋼材だけでない。銅、ニッケル、金、綿花、大豆など商品市況が今年になって高騰している。
●強気の鉄鋼メーカー
生産能力を超える需要が発生したとき起こる物価高騰は「ボトルネック・インフレ」と呼ばれる。
不況対策で日本の鉄鋼業は高炉を次々と閉鎖し能力を絞った。そこに中国の巨大な需要が押し寄せた。自動車産業の勃興で薄板の需要が急増している。この分野は日本が圧倒的な競争力を持つ。「鉄鋼メーカーの姿勢が強気に変わった」と自動車会社の担当者は言う。薄板価格の値は上がりだした。
低迷していた海運市況も上昇している。鉄鋼ブームで鉱石や石炭の運搬船の市況が跳ね上がったためだ。この動きが貨物船の運賃を押し上げている。
国際エネルギー機関(IEA)は「中国の原油需要は04年、日本を上回り世界2位に浮上する」との報告書をまとめた。電力やガソリン需要が急増しており、前年より50万バレル増え、550万バレルになる。日本は3%減で531万バレル。「世界の需要増の半分を占める中国の動向が原油価格を左右する」と指摘している。
デフレ脱却は、景気が回復し、消費が盛り上がり、国内の需要が増えて物価が緩やかな上昇に向かう、というシナリオだった。国内が盛り上がらないまま、中国発で素材や農産品の価格が上がり産業や生活のコストに跳ね返る。嬉しくもない「デフレ脱却」である。
◆Lesson2 終わらぬリストラ 正社員激減の時代
JR千葉みなと駅に近い「ハローワーク千葉」は朝8時30分、開門と同時に職探しの人たちがどっと流れ込む。55台ある求人データの端末機はすぐに埋まった。馴れない手つきでキーを叩き、希望職種、給与、勤務地を入力する。廊下には、好条件の求人が張り出される。時給1000円を超える求人は今や好条件とされている。
「職を探す人と、雇う側の条件に深い溝がある」
雇用開発部長・古田俊裕さんはため息まじり。訪れるのはリストラにあった中高年が多い。税込みで月40万円程を希望するが、そんな求人はまれだ。雇い主が示す月給はよくて25万円だという。
端末を叩くと30万円以上の求人がちらほらある。「給与の欄に25万から35万円とあるでしょ。幅がくせ者です」と職員。面接に行くと下の数字で提示される。上限は撒き餌で、寄ってくる求職者を低賃金でつり上げる。そんなケースもある、という。
職を探しに来た60歳の男性は「話にならない」と表情を歪めた。「失業給付を上回る給与をくれる仕事などありません」
運送会社の所長だった。昨年4月事業所が統廃合され、職を失った。給与は手取りで35万円あった。その水準は期待しないが、30万円ないと暮らせない。保険は1月で切れる。もう後はない。
厚生労働省が発表する有効求人倍率は10月で求職者1に対し仕事は0.7、圧倒的な買い手市場だ。選り好みしなければ2人に1人は仕事にありつく計算だが、「求職と求人の深い溝」から、折り合いがつかないことが多い。
●増え続ける派遣労働
55歳以上になると千葉職安管内の有効求人倍率は0.2だ。5人に一つの仕事である。
失業率は4月を底にわずかだが改善している。統計数字を見る限り雇用は底を脱したかに見えるが、職安関係者は「現実は正反対」という。
統計によると正規雇用は97年をピークに減っている。01年まで5年間に172万人減少した。派遣労働はこの間90万人増えている。人件費の高い50歳以上はリストラ、新卒の採用手控えで人員を絞る。正規雇用からはみ出た若者は、フリーターや派遣労働へ吸収されていく。
時給1000円でも月収は18万円前後で、年収300万円の生活にもほど遠い。一家を養うどころか、共働きでも苦しい。
鉄鋼や自動車は、人件費の高い50歳以上を退職させ、派遣労働や職場丸ごと業務請け負いに切り替えた。
「終身雇用では、若いころよく働いても低賃金。カネがかかる年配になると働き以上もらえる、長期後払いの給与体系だった。そのルールが突然変わり、恩恵にあずかれる年齢になるとリストラされる」
エコノミストの日下公人・東京財団会長はいう。
派遣労働者は正規社員との給与格差が歴然だ。ドイツのような「同一労働、同一賃金」の原則が日本にはない。人件費圧縮の手段になっている。
中小企業庁は「国際競争にさらされる大企業・製造業はリストラを避け難い。雇用を吸収する中小企業・サービス業が新たに生まれてくるのが望ましい。それには規制緩和が有効だ」という。
●中流社会の土台喪失
東京・赤坂に時間制料金のタクシー「アウテック」が開業した。参入制限がなくなり江村林香さん(34)が起業した。都内の観光案内、病院や劇場への送り迎えなど、客の要望を聞いて車を差し向ける。料金は一時間5000円。家から出にくい老人や、長距離でも安く使いたい若者に受けている。添乗員と運転手をかねる「アウトドア・プランナー」を募集したら2000人の応募があった。ほとんどが20代の女性。時給1000円。人件費を切りつめ、都心から成田まで5000円に設定した。タクシーなら1万5000円かかる。車両はまだ20台だが「やがて全国展開」と江村さんは意気込む。
既存業界は価格破壊を心配する。
「お客さんは喜ぶでしょうが、タクシーは家族を養える仕事ではなくなる、ということですかね」
大手に勤める白髪交じりの運転手はそう言った。
会社単位の賃金体系が壊れ、単純労働の対価が急速に低下する。「皆が暮らせる賃金」を実現した高度成長が終わり、職種に分化された賃金と雇用が、「中流社会」の土台を洗い流そうとしている。
◆Lesson3 デジタル家電頼み、消費回復見込めず
「あれもこれも売れて、去年に比べ2ケタ伸びた」
量販店の店長はご機嫌だ。年末年始の秋葉原は、久しぶりの賑わいに沸いている。
「三種の神器」は薄型テレビ、DVDレコーダー、デジタルカメラ。「新白モノ御三家」がドラム式洗濯機、皿洗い機、省エネ冷蔵庫。
●日本ブランドの復活
「家電は成熟市場といわれてきたが、デジタル技術が新商品に結びつき市場が広がった」
新光総合研究所の小原雅史さんは指摘する。狭い部屋でも大画面が可能な液晶やプラズマディスプレーのテレビは日本が最先端を走っている。デジタルカメラも日本が圧倒的に強い。DVDも中国製のプレーヤーが1万円台で出回るが高級品は日本ブランド。
なんと言っても日本の強みは主要部品を押さえていること。画質のよい液晶パネル、デジタル信号を読みとる光ピックアップ、画像を電子に置き換える撮導管など。
中国の量産、韓国の追い上げ、それに比べて日本はリストラや工場閉鎖といった暗い話が多かった。デジタル革新は消費者に改めて日本ブランドを印象付けた。
好調な販売は「デジタル景気」と呼ばれるが、残念ながら消費全体を引き上げるほど力強さはない。個人消費の中で家電の比率が増えても、可処分所得が増えない現状では、技術革新がパイを膨らますのは容易でない。所得が増えないなか、個人消費が簡単に回復するはずがない。
電機業界も不採算部門を切り捨て人減らしに邁進してきた。早期退職制度、派遣社員への切り替え、外注化、海外移転。企業にとって最適な選択も、大多数が同じことをすると自分の首を絞める結果になる。「合成の誤謬(ごびょう)」と呼ばれる現象である。
日本経済の回復シナリオは、思い切ったリストラ→企業業績回復→設備投資増加→賃金・雇用の拡大→消費の盛り上がり→売り上げ増大→収益の拡大、というサイクルに入ることだった。
業績はリストラと輸出で好転した。設備投資は国内より成長力がある中国に向かいがち。賃金は正社員のボーナスはちょっぴり上がったが、派遣社員や外注企業の賃金は凍りついたまま。上昇のサイクルはここで断ち切られる。
企業は一段と輸出攻勢をかけるだろう。国内に購買力がないなら、外国から得ようとする。競争力のあるデジタル家電は海外でシェアを伸ばすだろう。副産物はまた円高かもしれない。
◆Lesson4 国債増発の危機「お札が紙屑に」
税収が41兆円しかないのに、82兆円の歳出を組んだ。2004年度の国家財政(一般会計)は、家計にたとえれば41万円の月収なのに82万円も使ってしまう放漫家庭である。
●一揆を招く大増税
災害や戦争でもないのに、税収の2倍の予算は「持続可能」でありえない。鎌倉時代末期や室町時代のような「徳政令」で借金を帳消しにするか、第二次大戦の後、紙幣が紙屑になったインフレをまた起こすか、かつて一揆を招いた過酷な年貢のような増税で国民から強引に取り立てるか、いずれハードランディングがやって来る。
財政担当者や政治家は、分かっていながら現状に目をつむる。危機を増幅させながら、今をやり過ごす。やがて起こる大変な時に、今の政権担当者は逃げ切って、年金生活に入っているかも知れない。今の20代、30代は間違いなく混乱や痛みをかぶるだろう。
「構造改革」を掲げて登場した小泉首相は、はじめのうちは意欲を示していた。しかし04年予算も、改革とはほど遠い中身になった。公共事業を削り、防衛費を抑え、途上国援助(ODA)を減らした。これで浮いたカネは4000億円に満たない。担当者は大変な力仕事だったろうが、予算全体から見れば0.5%、微調整である。
社会保障費は1兆円近く膨らんだ。手厚くしているわけではない。高齢化で、制度として国の負担分がどんどん増える「自然増」である。削っても、削っても膨張する社会保障費にのみ込まれる。更に、国債利払いの重圧がのしかかる。4.6%増えて17兆5600億円になった。国債を36兆5900億円増発して繕った予算なのに、半分近くが利払いに消える。
●ゼロにはりつく金利
「財政民主主義」を7章でうたった日本国憲法に沿い、財政法は「歳出はその年の歳入でまかなう」と決めている。国債の発行は禁止している。戦争で乱発し猛烈なインフレを招いた教訓である。ところが東京五輪後の不況で税収が落ち込み、政府は財政特例法を国会で通し赤字国債を発行した。その時は異例中の異例、として一度で発行は打ちきられたが、石油ショックで成長が鈍ると、田中内閣は赤字国債の発行を再開した。平和憲法をなし崩し的に壊してイラク派兵へと至ったように、財政は70年代から節度を失った。
国債残高は04年度末で483兆円になる。税収の12年分だ。欧州連合(EU)は加盟国に財政赤字をGDPの3%以内に抑えることを義務づけている。健全な財政の限度と見ているからだ。日本は、地方自治体の借金を加えた公債残高が719兆円、GDPの161%に達する。
毎週、国債の入札が行われている。満期が来た国債の「借り換え」を含め04年は162兆円を発行する。毎週3兆円超をさばかねばならない。主な買い手は銀行。金融緩和で資金が有り余っているのに融資は慎重で、資金の運用先に困っている。資金は国債に向かい、その国債を担保にまた日銀からカネを借り、また国債で運用する。
国債金利は1%台に張り付いているが、資金はゼロ金利だから利ザヤが抜ける。
低金利は財務省にも幸いだった。国債の利払い費が安い。だが、1%台の国債金利は異例中の異例である。
中国発インフレの余波が日本にも及べば、あるいは日本企業が設備投資へと動けば、金利は跳ね上がる。1%が3%になれば国債の利払いは3倍になる。5%の金利は3倍になりにくいが、1%なら簡単に跳ね上がる。
金利が上昇に転じると国債価格は下落する。次により高い金利で発行されるなら、買う側は「急いで買わずに様子をみよう」と慎重になる。財務省が心配するのが、国債の「札割れ」。入札で売れ残る事態だ。毎週3兆円の消化は、まさに綱渡り。危機的財政が、どこかでほころびるとすれば、真っ先に起こるのは、国債が売れなくなること、すなわち国債価格の暴落である。
国債札割れ→金利引き上げ→長期金利上昇→利払い費膨張→財政悪化の加速、という悪循環が懸念される。
「景気好転」は金利上昇の引き金になりかねない。国債の塊となった財政は地雷原だ。
◆Lesson5 小泉・ブッシュ不況、負担増が家計直撃
日本に長期停滞が続いたこの10年、世界経済を引っ張ってきたのは米国である。その米国経済が04年の波乱要因だ。
「資金流入が細っている。ドル危機が起こる可能性は高い」
ドイツ証券のストラテジスト武者陵司さんは警告する。
ブッシュ米大統領は、イラク、アフガニスタンでの戦闘と復興に870億ドル(約10兆2千億円)を米議会に要求した。緒戦の攻撃は華々しかったが、長引く占領は財政の重荷になっている。戦勝気分と好景気で選挙を迎えたいブッシュ氏にとって減税のカンフル注射は欠かせない。
「戦時は増税」が普通の姿だ。米国は減税しながら戦争をする。財源はよその国から集めるつもりだ。米国は世界最大の借金国である。流入する資金を使って繁栄を続けた。米国でビジネスをすることで儲かると見た欧州の企業もどんどん投資した。同時テロから潮目が変わった。欧州からの投資は潮が引くように細った。
せっせと協力しているのが小泉政権だ。「円高阻止」の為替介入で、03年だけでも18兆円を米国に流し込んだ。米国の財政赤字の3分の1を埋める貢献ぶりである。
●日米同時破局の時も
「送金」の仕方は巧妙だ。まず日本の財務省が外為市場でドルを買う。日銀口座から、買ったドルに相当する金額が米国財務省に支払われ米国債を買う。といって国債は日本に持って来ない。米国財務省の帳簿に日本政府の持ち分として記載されるだけだ。
財務省は介入資金を国債で調達している。つまり日本政府は国債を発行して米国債を買っている。こうして日本の貯蓄が米国に吸い上げられる。減税も戦争も日本からの送金なくして不可能なのだ。
しかもこのカネは多分返ってこない。日本が国債を米国で売れば、それこそドル暴落が起きる。日米関係破局の時である。
貿易黒字が拡大している中国も日本に次ぐ米国への資金供給者だ。ただ中国は、米国に従属していない。国内に資金が必要になれば、米国の意向を気にしないで自国に振り向ける。
日本は04年予算で、外為市場への介入資金の上限を80兆円から140兆円に引き上げた。介入がたまりにたまって80兆円を突破する勢いだからだ。「十分カネは用意しました」と米国を安心させる措置でもある。
中国は、資金供給を米国への外交カードに使える国だ。日本は従順な「安全装置」である。
だが米国の景気は夏に息切れする、という観測が出ている。減税効果が剥げ落ちてくるからだ。小渕内閣が景気を刺激しようと公共事業の大盤振る舞いして財政を深刻化させたのと同様に、ブッシュ政権は減税でつまずきかねない。
国際的に不人気の戦争をよその国の資金に頼って、しかも減税を並行するという無理は、日本だけで支えるには重すぎる。米国の外交姿勢にもよるが、遠からず資金繰りが苦しくなり金利の上昇を招く恐れがある。
中国発インフレも金利上昇要因だ。危険水域を超えている日米の財政赤字は同時破局に見舞われる恐れがある。
「ドル安は世界の通貨当局者の共通認識」と財務省の高官も認める。なだらかなドル安で済めばいいが、ドル暴落が起きない、という保障はない。
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