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米フォーブス誌はかつて堤義明氏を「金持ち世界一」と認定した。しかし、ご本人分もグループの資産も、全容は霧に包まれている。
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下着大手のワコール(本社・京都市)が、コクドから買い受けた西武鉄道株の買い戻しを請求している。9月末、250万株を28億2000万円で購入していた。
コクドから依頼された際は「西武株保有比率を引き下げたい」と説明されただけで、上場廃止基準に抵触している事実は伝えられなかったという。引き受けたのは、プリンスホテルのブライダル事業などで取引があるかららしい。
ワコールの創業者、塚本幸一元会長(故人)が、コクドの堤義明前会長のために、法廷の証言台に立ったことがある。
1990年2月、京都地裁。西武鉄道が開発した宝ケ池プリンスホテル(京都市左京区、322室)をめぐる住民訴訟だった。97年の「地球温暖化防止京都会議」の会場として知られる国立京都国際会館の隣に立つホテルである。
ホテルの敷地約8400坪は宝ケ池公園内にあった。市が84年、都市公園区域の指定を外し、約29億3000万円で西武に売却した。
住民は区域変更が違法だと訴えた。京都商工会議所会頭だった塚本氏が証人に呼ばれたのは、
「京都にサミットを誘致するには、国際会館付近に大型宿泊施設を建設するのが、必須条件だ」
と、ホテル誘致を推進していた経緯からだった。
証言によれば、堤氏はその10年ほど前に塚本氏を食事に招き、
「父(康次郎氏)が実現できなかった京都進出の夢を、自分が実現したい。ぜひ協力してほしい」
と依頼した。進出構想はいったん頓挫したが、83年夏に再び機会が訪れた。塚本氏が当時の市助役から、宝ケ池へのホテル誘致に協力を求められたのだ。
◆調整区域のまま開発
塚本氏はこう証言した。
「義明氏は私とは商売も違うし、性格も清二氏(義明氏の兄、元西武百貨店会長)と違って、あまり男の付き合いをなさらん。個人的に飲んだりする関係はなかった」
勘繰られるような利害関係はないという文脈なのだが、義明氏のドライさを印象づける話だ。
ただ、「採算の合わないことを頼むことをためらっていた」塚本氏に、堤氏が「ホテル事業部としてはできないが、社長直裁事業として考えてもよい」と助け舟を出してくれたとも証言している。
裁判で、住民側は公有地売却のあり方も問うた。競争入札ではなく、西武と相対の随意契約だったこと。周辺宅地は坪単価が150万円程度なのに、坪あたり約35万円で売却したことだ。
住民側は訴訟とは別に、開発審査会への審査請求で、市が本来、ホテル開発ができない市街化調整区域の枠を外さないまま、開発を認めたことの是非も問題にした。調整区域内は原則的に都市計画税もかからない。
判決は、市側にほかに選べる立地がなく、価格決定の経緯も合理的だと認定。住民の訴えを退けたが、この宝ケ池プリンスホテルの開発は、公有地や旧宮家の土地を活用した西武グループの資産拡大策の一端も示している。
同ホテルの敷地は、西武の有価証券報告書では簿価5億3800万円。購入価格の5分の1に満たないのは、神奈川県で保有地が収用された分と相殺して「圧縮記帳」という処理をしたためだという。あえて周辺宅地と比較すれば、今の相場は「坪80万円」(地元不動産業者)という。8400坪なら70億円に迫る計算だ。
◆都心5ホテルで2000億
有価証券報告書によれば、西武鉄道と子会社の資産は1兆1360億円、このうち土地は3338億円と記されている。しかし、これもあくまで帳簿上の価額だ。
例えば、東京プリンスホテル(港区)の敷地は4.9ヘクタールあるが、帳簿上は6000万円。赤坂プリンスホテルの敷地は簿価が1坪10万円余、高輪は約5万円、新高輪は約3万円だ。
「今なら、農村部か市街化調整区域の土地しか買えない値段です」
と都内の不動産調査会社の調査員が言う。登記簿によると、高輪と新高輪の敷地は竹田、北白川の両旧宮家、東京、品川の敷地は徳川・毛利両家から1950〜60年代初頭の間に買い取られた。
では、時価はどれくらいか。先述した都心の4ホテルに品川、新横浜、幕張(千葉)の各プリンスホテルを加えた7ホテルの敷地について、この調査員に最新の路線価を使って算出してもらった。
その結果、現在の推定額は都心部5ホテルの敷地だけで、ざっと2000億円。簿価の約67倍に当たる計算になる。東京プリンスに至っては、約1000倍と算出された。新横浜プリンスも、簿価の約18倍の約57億円。幕張プリンスも同約116倍の約107億円となった。
非上場のコクドに至っては、保有資産がほとんど判明しない。同社保有とみられるホテルやリゾート施設など44物件について同社に確認を申し込むと、
「登記簿でご確認ください」
との答えが返ってきた。
米誌フォーブスは87年、堤氏の資産を「210億ドル(3兆1500億円)」と推計し、「世界一の金持ち」と報じた。
作家の猪瀬直樹さんは86年刊行の『ミカドの肖像』で、「西武鉄道グループが所有している土地は、日本全国に四千五百万余坪、東京二十三区の四分の一に匹敵する。その土地の時価は、銀行筋の推計ではおよそ十二兆円であると伝えられている」と記している。
堤氏は当時、猪瀬さんの取材に、
「ホテルは通常、稼働率が7割必要ですが、うちは5割でいいのです。投資し終わっていますから」
と、先代が蓄積した資産の上に立つ経営の余裕を示していた。
猪瀬さんは、コクド・西武グループの今の苦境をこう分析する。
「株の問題で企業として信頼を失い、土地が売れなくなる危険がある。土地の『含み』がいくらあっても取引が成立しなければ意味をなしません。それが、含みの上に成りたつ経営の危うさなのです」
◆「北の国から」縁結ぶ
堤氏が組織委員会副会長を務めた98年の長野冬季五輪を機に、軽井沢プリンスホテルと直結する長野新幹線軽井沢駅が新設された。グループのホテルやスキー場が多い志賀高原も、高速道路が整備されてアクセスが向上した。公共事業がグループの資産価値を高めたことは間違いない。
もっとも、とかく我田引水な商売と見られがちな義明氏が、詩人・作家であり文化事業も手がける兄・清二氏の世評をうらやみ、
「うちにはむだ飯を食う人がいないからなあ」
と漏らすのを、親しいジャーナリストの上之郷利昭さんは聞いたことがある。上之郷さんによると、北海道の富良野市からスキー場建設の相談を受けた堤氏は、スキー・ゴルフ・テニスの3施設を逆提案したうえ、旧友の倉本聰さんを紹介。「北の国から」で、富良野が有名になるきっかけを作った。
「堤氏は損得だけではない非常に優れた経営者。ただ、今の時代に求められるコンプライアンスや公開性は、あまり意識になかったでしょう。そのために人手をさくのが『むだ飯』に思えたのかもしれません」
(アエラ編集部・各務滋、坂井浩和)
(11/04)
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