偽造カードによる被害者が急増している。なのに知らん顔を決め込む銀行。最後の手段の裁判でも、険しい道が待っている。
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東京・江戸川区の会社役員(49)は昨年3月、数日ぶりに大手都市銀行に設けた口座からキャッシュカードで現金を引き出そうとした時に被害に気がついた。翌日、銀行の窓口に通帳を差し出すと、3冊になって戻ってきた。
2月27日 100万、100万、100万、100万、90万、3万……。3月3日 200万、200万、99万。
6日間で計110回、現金自動出入機(ATM)から引き出されたお金は2993万円に達していた。
スキミングでカードが偽造されていたのだ。
スキミング――。スキマーと呼ばれる機器に盗み取ったカードを通し、磁気データを読みとり、データを別の盗まれたカードに上書きする。偽造されたカードで、ATMから預金を不正に引き出す犯罪だ。全国銀行協会によると、偽造カードによる被害額は、2001年度は1件1900万円だったのが、04年度は10月までの半年間で122件、4億6100万円と急増している。
「司法判断」の一点張り
今年1月に逮捕された犯行グループはゴルフ場の支配人とグルになり、ロッカーの暗証番号がわかるマスターキーを入手。ゴルフ場利用者のロッカーからカードを一時的に盗み取り、偽造カードを作っていた。
いまとなっては、この会社役員も前出の犯行グループにカードをスキミングされたことはわかったが、当時はまったく見当がつかなかった。
暗証番号は乱数にし、管理にも絶対の自信を持っていたので、都銀に預金返還を求めた。だが、この銀行は補償を拒み続けた。
銀行が反論の砦(とりで)の一つにしているのが約款(規定)だ。口座を設けると渡される冊子には、こんなくだりがある。
「カードの偽造、盗用があっても生じた損害に責任を負いません」「不正使用があっても、一切の責任を負いません」
例外として銀行が責任を負う場合は、
「契約者(預金者)の責任でないと当行が確認できた場合」
などとハードルが高い。
会社役員にも銀行は一貫して、
「司法判断を待ちたい」
と強気だった。偽造カードの被害を巡っては判例がないのだ。
「裁判で3タテ食らったとして(地裁、高裁、最高裁と敗訴)、何年かかりますか?」
この男性が弁護士に相談をしたのは昨年10月。2カ月後、返還を求める訴訟を東京地裁に起こした。
「『5〜7年』と言われ、時間も出費も惜しいと思いました。しかし、セキュリティーがあまりにも甘く、異常な取引を許し、預金者にも連絡しないという銀行の姿勢を改めさせるには受け身でいるわけにはいかないと覚悟をした。裁判の行方は楽観的に見てはいない。銀行が、どれほどこちらに管理責任を押しつける主張をしてくるか、わかりませんから」
元出版社役員の鈴木富夫さん(65)は昨年3月、偽造カードで東京三菱、三井住友銀行にあった預金計3226万9630円(手数料込み)を8日間で計139回かけて引き出された。昨年8月、両銀行を相手取って提訴。現在も係争中だが、銀行側は一貫して「過失はない」などと主張している。
訴訟を起こしたのは、友人の弁護士が被害を知り、協力を買って出てくれたことも大きいという。
「一般の人なら弁護士を探すだけでも大変だし、着手金など金もかかるし、精神的負担にもなる。僕の訴訟は和解するにしても、被害に遭ったほかの人たちも同じように救済されるようにしたい」
今年3月には偽造カードの被害者による集団提訴が予定されている。原告となる被害者は東京都、千葉、埼玉、神奈川県の会社員ら20人程度。いずれもスキミングによって偽造されたカードで口座から預金を引き出された。被害額は1人あたり1100万〜50万円。相手は東京三菱、UFJなどの都銀、地方銀行、証券会社、日本郵政公社になる見込みだ。
「目的は失った預金を補償させることだけではない。金融機関にセキュリティーの向上につとめてもらい、国民が安心して利用できるようにすることです」
被害者弁護団の一人、喜多英博弁護士は提訴の意義をこう説明する。
東京三菱、みずほ、三井住友、UFJ、りそなの各主要銀行に、偽造カードによる被害者から訴訟を起こされた事例について尋ねたが、「個別取引については答えられない」。訴訟は「ない」と明言したのは一行だけ。消費者問題に詳しい東京都内の弁護士は、
「銀行は公表をしていませんが、偽造カードによる被害者に補償をした事例は実際にはあり、一方で被害者による訴訟も、知られていないだけでもっと起こされているようです」
と話すが、実際には今回アエラの取材に対しても、主要銀行は預金者への個別補償について、おおむね否定的だった。
盗難はさらに厳しい
偽造カードではなく、盗難カードで預金を引き出された場合、さらに戦いは厳しくなるようだ。
「預金者以外が引き出したとしても本物のカードで、正しい暗証番号が入力された場合には銀行は責任を負わない」(93年7月)
という最高裁の判例があるからだ。今ほどハイテクかつ巧妙な犯罪が出現していない時代の判例をいまだに引きずっているのだ。
カードの偽造や盗難で預金を引き出された被害者19人による「ひまわり草の会」。3月の集団提訴に会員の一部が加わるが、盗まれたカードで預金を引き出された被害者は加わらない。会の代表の女性は就寝中、何者かが自宅にこっそりと侵入、盗んだ4枚のカードから計180万円を、その直後にローン扱いで引き出していた。借金を背負わされた形になったこの女性は言う。
「偽造カード被害の方が裁判で戦いやすいとあって、今回の第1陣の訴訟に加わりませんでしたが、暗証番号にしても、推測しにくい数字でしっかりと管理はしていた。簡単にセキュリティーを破られた銀行の過失は明らかなんです」
自己責任拡大した判決
銀行相手は難しいから、とゴルフ場を相手取った訴訟もある。
静岡県内のゴルフ場で、ロッカーに預けた現金3万円とカードを盗まれ、156万円を引き出された横浜市の男性は、ゴルフ場の管理責任を問うて、03年8月に訴訟を起こした。
昨年5月、一審の東京地裁では原告が事実上勝訴し、現金は全額、預金は引き出された額の6割が支払われることになった。しかし同年12月の東京高裁の判決では一転して敗訴。
「『カードも現金も持ち歩いてプレーをしてください』『貴重品ロッカーに貴重品を預けてはいけない』などと言っているようなもの」(関係者)
という、利用者の自己責任を拡大したとも言える判決だった。原告側は「納得できない」と最高裁に上告した。
裁判で解決を目指すのは決して平坦な道ではない。
「(偽造しにくい)ICカードに切り替え」「手のひらの静脈で預金者本人と確認するカードの導入」「引き出し限度額を預金者の任意で設定」……。
被害の拡大で、このところ各銀行は次々と犯罪防止策を打ち出している。ただ肝心の預金者への補償制度の導入については、
「検討中」「金融庁から正式な要請があってから検討する」
と及び腰だ。
訴訟に携わる被害者や弁護士は司法判断が示される前でも、公的使命のある銀行が自ら進んで補償に乗り出すことを望んでいる。
前出の喜多弁護士は、
「訴訟に踏み切れるのは被害者のごく一部。銀行にとっては小さな額でも庶民にとっては大変な額で、判決確定まで何年もかかる裁判を続けないで、一刻も早い決着を図って欲しい。国も消費者、預金者保護の立場から、積極的に法制化を目指すべきだ」
(AERA編集部・臼井昭仁)
(02/10)
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