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会社の利益が従業員の処遇に反映されない奇妙な時代になった。史上最高益を記録しても、債務の返済や内部保留に回してしまう。幸せなのはお手盛りの経営者だけで、サービス残業続きの従業員へは、ボーナスへの数%のプラスアルファがあるだけだ。
ここ数年は基本給のアップはないというのが普通になってしまった。定期昇給制度すら危うくなっている。定昇は「仕事を覚えれば給料は上がりますよ」という、初任賃金の低さが故の制度なのに、初任給も塩漬けのままである。アメリカの自動車工場の労働者のように2年過ぎればみな同一、という賃金ならよいが、若年労働者の賃金は低いままで「成果給」というのはメチャクチャである。
来年は賃下げにはならないだろう、と奥田日本経団連会長は言っているが、遠慮しないで下げたかったら下げればよいのだ。
いったい、いつまで経済団体が賃金決定への指標を出すのか。賃金も市場にまかせればよいではないか。内部で人材を育成しなくとも市場で調達できると思っている会社はそうすればよいし、人材育成こそが会社の生命線と考えている会社は社員を大事にすれば、それでよい。
自分たちは年功序列で育ったくせに、部下は「成果主義」で、という路線をとった見事な失敗例を「内側から見た富士通」(城繁幸著)が明らかにしたが、賃上げくらいはは自分できめればよろしい。同業他社を横目でにらむ時代は終わっただろう。
ここで労働組合にもガンバレと、一言いいたいところだが、それはまあやめておこう。その気があれば言われなくともやるだろう。
言うまでもないことだが、よい会社にはよい人材が集まり、かつ定着する。そろそろ従業員を大切にする、とうたう会社が登場してもよさそうだ。かつての家族主義に戻る必要はないが、人材育成を売り物にする会社があってもよい。(遠雷)
(12/14)
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