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大阪市のヤミ給与など一連のニュースは、単に税金の無駄遣いというレベルの問題にとどまらない。我が国第二の都市である大阪地区は、地方の代表選手として全国の先導役、牽引(けんいん)力の役割を果たしてきた。その役割の終焉(しゅうえん)を意味するシンボリックな事件であるように思えてならない。
大阪は、明治以来、中央政府に依存するより、独自の力で発展してきた。明治の中期には、幕末からの沈滞した経済状況を脱して「東洋のマンチェスター」といわれるほどに発展し、昭和初期には人口、生産、港の貨物取扱量が日本一となった。さらに戦後、中央集中が進む中、首都圏に対抗して、70年万博などの先進的事業を積極的に展開してきた。
大阪といえば、庶民の街、商売の街、自由闊達(かったつ)な街のイメージである。ところがいつの間に大阪もまた、官尊民卑、民より官優先になってしまったのか。実は、厚遇問題は関係者の間で50年代後半ごろから知られていたが、当時の部外者の感覚では「さすがビッグシティーのやること」といった程度で済まされていた。
それが年月を重ねてここまで肥大化してしまったのは、地元が計画する事業を推し進めるうえで都合のよい市長、市議会議員を選出するため、労働組合も一緒になって選挙をすすめてきたからだ。対立候補が出ないか、職員が情報収集に努める。また商店主など町の有力者に、日頃の予算措置の見返りに協力をうる。その後、こうした事業推進の構図とも関係なしに、厚遇が当たり前となり、これをチェックできなかった、と見られる。
したがって事態を早急に正常にもどすとともに、市民の代表としてチェックできなかった大阪市議会の出直し解散が重要である。同時に、膨大な赤字の中では、もはや全国のリーダー役は期待しえなくなった大阪だが、50年後、アジアにとって不可欠な国際都市として再生する強い決意で望んでもらいたい。(共生)
(02/25)
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