asahi.com
天気  辞書  地図  サイト案内  Top30 
サイト内 WEB
マネー 社 会 スポーツ 経 済 政 治 国 際 サイエンス 文化・芸能 ENGLISH 
  >視点  >市況  >悩み  >株主優待  >情報ファイル  >年金解剖学  >新証券税制  >経済気象台  >経済を読む  >AERA発  >〈解説〉マネー  >投資信託   
     
 home >マネー >〈紙面から〉経済を読む   
  マネー  
【〈紙面から〉経済を読む】
 
最後の社員去り、来月にも消滅 山一マンたちの7年

 97年の経営破綻(はたん)後、破産手続きを進めていた「山一証券」が2月にも法人登記を抹消されて名実ともに姿を消す。名門の破綻から7年余り。「ウチの会社がつぶれるはずがない」と、100円そこそこの自社株を買い支えた社員らの葛藤(かっとう)は今もなお、続く。

 「(最大手の)野村に負けたわけじゃない」

 破綻当時、千葉支店副支店長だった永野修身さん(46)は今も悔しがる。83人の部下を率い、支店の営業実績は社内でトップクラス、県内のライバル社にも勝っていたとの自負があった。

 16年間、山一の営業現場で幅広い人脈を培った。営業センスを買われ、メリルリンチ日本証券に2年9カ月、人材派遣会社に1年11カ月在籍。そして03年4月、人材派遣会社「マーキュリースタッフィング」(資本金5000万円)を起こした。

 資本金を調達できたのも、東京・赤坂の一等地のビルの一室を借りられたのも山一時代の人脈があればこそだ。永野さんは「山一は人生の一部分。切っても切れない」と言い切る。

 東京・自由が丘支店の次長級職だった江草稔さん(45)が、横浜市のIT(情報技術)関連企業「ニュークリアス」(資本金3億5000万円)に取締役として迎えられたのは00年4月。山一時代の取引先の会社役員、外資系金融機関と3度目の転職だった。

 営業、株式公開準備、財務の3役をこなす。最初の大仕事は大規模増資。金融法人営業を担当した経験を生かして大手銀、大手損害保険などをまわり、5億4000万円集めた。

 証券業界で培った経験を買われて、株式公開を計画しているベンチャー企業などに再就職するケースも多い。ただ、そうした成功例ばかりではもちろんない。

 やりたい仕事をなかなかさせてもらえなかったり、勤め先が水にあわなかったりして、職を転々とする人も少なくない。

 中島洋さん(47)もそんな悩みを抱えている一人だ。山一時代のほとんどをアナリストとして過ごし、辞めてすぐ投資顧問会社に再就職した。

 ロンドンに2年半駐在した。会社には感謝の気持ちがあったが03年6月、5年余り勤めたこの会社を辞めた。山一時代は、こんな面白い仕事はないというほどのめり込んだが、新しい職場での仕事は「何かが違った」という。

 半年を超す浪人生活を経て、昨年4月に中堅の印刷会社の契約社員となった。金融を離れ、製造業の現場に携わることは新鮮で興味深いことが多い。

 それでも、中島さんは時々ふと、思う。「もう一度、証券業界で勝負してみたい。突然、業界から放り出されたことに対してリベンジもしたい」

 「山一の営業はすごいぞ。負けるな」

 山一最後の社長、野沢正平さん(66=現センチュリー証券社長)は、OBたちが相談に訪れるたびに気合を入れる。いまも週に5、6人が訪ねてくるという。「かつての仲間の励みになるためにも、私は頑張り続けなければならない」。最後の会見で有名になった元社長は、語気を強めた。

 99年6月に東京地裁から破産宣告を受けた山一証券の破産手続きをしていた「最後の山一マン」4人は、昨年12月末で破産管財人に解雇された。裁判所は1月下旬の債権者集会を経て、2月にも法人登記を抹消する。

(01/11)




  〈紙面から〉経済を読む これまでの記事     一覧>> 



株価検索



| 社会 | スポーツ | 経済 | 政治 | 国際 | サイエンス | 文化・芸能 | ENGLISH |
GoToHome ニュースの詳細は朝日新聞へどうぞ。購読の申し込みはインターネットでもできます。 GoUpToThisPage
asahi.comに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
| 著作権 | リンク | プライバシー | 広告掲載と注意点 | アサヒ・コムから | 朝日新聞社から | 問い合わせ |
Copyright Asahi Shimbun. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission