■ファッション・クロニクル

 僕が5歳の時、七五三の写真です。三つ違いの弟を抱っこしているのが母です。

 母は、花が大きくあしらわれたような柄物の服が好きでした。当時、僕が住んでいたのは表参道で、道行く人はおしゃれな人ばかり。母も普段から服装を気にしていたんでしょう。

 僕の着る服にもこだわりがあって、なぜか茶系のものが多かった。子どもの僕はそれが嫌でしたね。キャラクターがあしらわれた服は絶対に買ってくれなかった。友達が着ているのを見てうらやましく思ったものです。でも、昔の写真を見ると、いつもきれいな服を着せてもらっていたんだなぁ。

 今の僕は服装にこだわりはありません。妻もそう。なのに、長女はおしゃれにうるさいんです。まだ小学3年生ですよ。曜日ごとのコーディネートを決めているし、着たい服が見つからないと遅刻ギリギリまで探しています。これはきっと母からの遺伝です。変なところが似るものですね。

 母はとても教育熱心な人でした。「自立した人間になりなさい」と幼稚園児の頃から言われ、手製のドリルで計算式の問題をさせられました。間違えるとたたかれたこともあった。

 小学2年生の時、枕元で「おかあさんの嫌なところある?」と聞かれた。僕が「ガミガミ叱るところ」と答えると、母は「ごめんね」と涙を流しながら言った。それ以来、まったく叱らなくなりました。何があったのか、いまだにわからないままです。

 思えば、何をやる時も「あなたなら大丈夫、できる」と、いつも言われていた気がします。自分というものを認めてもらっている感覚があった。何をやるにせよ「根拠のない自信」を持っていられたのは、母によって刷り込まれたようなところが大きかったのかもしれません。

 僕は30歳で脱サラしました。今までフリーでやって来られたのも、自分が頑張ればできるという気持ちが基になっています。

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1973年生まれ。育児と教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書に「パパのトリセツ」「男子校という選択」など。5月に「生きる力ってなんですか?」を刊行予定。男女2人の父。(聞き手・中村瞬)