■ファッション・クロニクル

 僕は30歳だった2004年、勤めていた会社を辞めました。当時、上の子は2歳。少しでも長い時間を家族と一緒に過ごしたいという思いからでした。

 会社での仕事は好きだったし、充実していたと今でも思います。ただ、40代の社員が突然異動で単身赴任を余儀なくされる姿を目の当たりにして、「会社にいるリスク」を意識するようになっていました。さらに、連日夜遅くまで働き、家で夕食を食べられない生活。結婚して子どもができたことで、家族と過ごせる時間を仕事に捧げてしまっていると気づいた。「時間の損益分岐点」が変わったのです。

 子どもが生まれてから6歳まで、毎週日曜日を一緒に過ごせたとしても日数にして計300日。人の一生は約3万日と言われていますから、実は人生のたった1%。子どもと過ごす時間がいかに貴重か。「今一緒にいなかったら一生後悔する」と思いました。

 退職後は育児雑誌の編集者をしましたが、会社を辞めるにあたって、転職先が決まっていたわけではありません。ぜいたくしなければ子ども1人くらいは養える、自分が頑張りさえすれば何とかなる、くらいの考えでした。

 当時はまだ、今ほど男性の育児が話題に上っていないころです。でも母は、僕の退職に一瞬不安そうな表情を見せただけで、特に何も言いませんでした。僕が決めたことを尊重してくれたのでしょう。

 母が亡くなって時間が経った今でも、親戚は「(母にとって)としちゃんは自慢の息子だったからね」と言います。母の愛情は溺愛(できあい)に近かったのかもしれません。僕がどんなに悪者にされたとしても、母だけは味方でいてくれるという安心感がいつもあった。

 僕も、そんな安心感を与えてやれる父親でいたいと思っています。そうは言っても、実際は溺愛したくてもなかなかできないものです。仕事などがうまくいかず、つい子どもへの口調がきつくなってしまうこともある。「溺愛しよう」くらいの心構えが、子育てではちょうどいいのかもしれませんね。

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1973年生まれ。育児と教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書に「パパのトリセツ」「男子校という選択」など。近著に「生きる力ってなんですか?」。男女2人の父。(聞き手・中村瞬)