■ファッション・クロニクル

 私は、最初から保育士を志していたわけでありません。中学時代、料理や裁縫は得意でしたが、担当の先生との相性がよくなかったこともあって、家庭科は嫌いでした。

 将来は興味のあるものについて研究できるような仕事に就きたい、と思っていた高校3年生の時、東京家政大学への推薦入学のお話をもらいました。家庭の事情を配慮していただいた部分もあったようですが、「どうして私に?」と思いました。

 推薦のお話を受け、近くの幼稚園の園長先生に電話で頼み、高校を1日さぼって見学へ。丸一日いたのですが、まったく飽きなかった。虫の動きを追うだけでずっと楽しんでいる子、靴や道具をおもちゃにして遊ぶ子……。一人一人の表情や動きがみんな違う。子どもの世界の深さを感じて、帰る頃には「学問としておもしろい!」と考えるようになっていました。

 父は生前、私に4年生大学への進学を望んでいたようですが、片親になったこともあり、短期大学部に進学しました。2年間保育について学んだ後、地元の福島で就職が決まっていたのですが、現在の職場を推薦していただきました。自分の意思とは関係のないところで、成績がよかったわけでもない私が推薦してもらえたのは、天命というか不思議な縁を感じました。

 ナースリールームは保育施設であると同時に、子どもの最善の利益、保育の質、保育者の専門性についての研究施設でもあります。実践しながら研究も出来る、理想的な場所でした。

 私が保育士になりたてだった当時は、結婚して仕事を辞める女性が多く専業主婦が増えていった時期だと思います。「子どもを預けて働くなんて子どもがかわいそう」という風潮があり、仕事と子育てを両立していたお母さんたちからは、強い覚悟のようなものを感じました。

 共働きって大変です。例えば家事の分担。長女が生まれる前の話ですが、「自分ばっかりがやっている気がする」と不公平感を感じ、イライラしていたことがありました。

 それに気づいた夫から「俺の分までやっているから腹が立つんだよね。俺の分は自分でやるからいいよ」と言われ、自分の心の小ささを恥じました。それからは「出来る人が出来るときにやる」という、無理をしない考え方に変わりました。

 今のお母さんたちもいろいろな意味で頑張っていると思います。でも、その頑張りは誰のためですか。以前に卒園児の話を聞いて自分に問いかけたことがあります。

 その子のお母さんは子どもの持ち物のほとんどが手作り。すごく頑張っていました。でも、その子自身は「いつも一人で寝ていて寂しかった。手作りしてくれる時間を私との時間に回してほしかった」と成人してから話したのです。ショックでした。子どもの気持ちより親としての「出来栄え」に重心が置かれていたかもしれない、と考えさせられました。

 子育ては「こうあるべき」という考えにとらわれ、結果を求めがちです。でも、子育ては今を楽しむ、つまり過程を面白がってこそ幸福感が見いだせるのだと思います。思い通りにいかない子どもとの暮らしの中で、一緒に物事を感じたり葛藤したりすることは、仕事での人間関係や想像力に奥行き広がり、必ず生かされます。人として成熟するために学ぶべき事柄が、子育てにはあると思います。

     ◇

いげた・ようこ 東京家政大学ナースリールーム主任保育士。1955年生まれ。保育士歴38年。子育てに関する執筆・講演活動のほか、「すくすく子育て」(Eテレ)などテレビ出演も多数。著書に「ありのまま子育て」。男女2人の母。