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「被爆医師」肥田舜太郎さん、医療相談の一線退く(1/2ページ)

2009年6月9日20時22分

写真:被爆者治療に尽くしてきた肥田舜太郎さん=さいたま市浦和区、武田写す被爆者治療に尽くしてきた肥田舜太郎さん=さいたま市浦和区、武田写す

 広島で自分も被爆しながら医師として被爆者治療に取り組み、長年、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)で医療相談を担ってきた肥田舜太郎さん(92)=さいたま市=が9日で一線を退いた。これまで診察した被爆者は6千人を超える。今後は被爆証言活動に専念するという。

 9日午後、東京都内で開かれた被団協原爆被爆者中央相談所の定期総会で、相談所理事長の退任が了承された。今年3月、埼玉県で続けていた被爆外来の診察を体力の衰えからやめており、64年にわたる「被爆医師」の活動に完全に終止符を打った。

 広島陸軍病院に勤める軍医だったとき、往診先の広島市郊外で原爆に遭った。直後から重傷者の治療に奔走。戦後は東京都や埼玉県で低所得者向けの診療所を運営する一方、放射線障害に苦しむ被爆者の診療を続けた。国の援護が十分に行き渡っていなかった76年、被団協が被爆者の医療、生活相談に応じる中央相談所を設けると、3年後に理事長に就いた。

 被爆者への偏見が強い地方に相談業務を普及させるため、北海道から沖縄までで講習会を開き、家族にも被爆を隠していた被爆者の相談に応じた。長野県原爆被害者の会の前座良明さん(88)=松本市=は「広島・長崎から離れて孤立していた被爆者にとって心の支えだった」と話す。

 国が18連敗した原爆症認定訴訟では、最初の判決となった近畿訴訟1次(大阪地裁で06年5月判決)に証人として出廷。原爆投下後に広島・長崎に入った「入市被爆者」が、すすやほこりなどの放射性降下物を呼吸や飲食で体内に取り込み、がんなどの原因となる「内部被曝(ひばく)」を引き起こしていたことを診療経験に基づいて証言。国の審査方法を批判する原告勝訴の判決を引き出す力になった。国はそれまで、低線量放射線による内部被曝の危険性を認めていなかった。

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