2009年8月13日15時3分
隅田公園のアブラゼミ
隅田川の両岸に見える樹木が隅田公園。川の右側が墨田区、左側が台東区の所有

64年前の東京大空襲で焼け野原となった東京都墨田区の隅田公園には、セミのなかではアブラゼミ1種類しか繁殖していないことが、東京大総合研究博物館の須田孫七・協力研究員(78)の5年にわたる調査で分かった。須田さんは、空襲でいったん地域のセミが全滅し、復興後も川と急速な宅地化により、アブラゼミ以外のセミが公園にたどり着けていない可能性があるとみている。
隅田公園は、隅田川をはさんで墨田区側(約8万平方メートル)と、台東区側(約10万6千平方メートル)に分かれている。須田さんは5年前の8月、台東区側では、アブラゼミとミンミンゼミの音が半分ずつ聞こえ4種が確認できたのに、墨田区側ではほとんどがアブラゼミだと気づいた。墨田区側では、死骸(しがい)の羽もアブラゼミだけだったという。
須田さんは、東京学芸大を卒業後、中学校教諭などを務めながら東京都内の昆虫を調べ、専門書の執筆や観察会などを手がけている。現在は「東京の昆虫相の変遷史」をテーマに研究中だ。
隅田公園周辺は1945年3月10日の東京大空襲で、大きな被害を受けた。須田さんは当時、地元の友人の安否を確かめようと、空襲から3日後、徒歩で現地を訪れ、壊滅的な状況を目の当たりにしたという。
調査では、空襲関連の文献にも目を通し、改めて当時の被害や範囲も確認した。
須田さんは、(1)大空襲で地域の昆虫のほとんどが全滅。セミの幼虫も焼き尽くされた(2)復興後、他の昆虫の多くは植樹や河川敷を利用して木々にとりつくなど生態系を戻したが、木とその根元の地中をすみかとするセミは、雌雄ともに飛行距離が比較的長いアブラゼミが、焼け残った場所からたどり着くにとどまった――とみている。