日本刀を贈ってくれたオオツカさん、どこに――。1964年の東京五輪・女子体操で金メダルを獲得したチェコのベラ・チャスラフスカさん(69)が、東日本大震災の復興支援などで6日、来日する。47年前に「日本人の魂」を手渡してくれた男性にお礼が言いたいと、プラハ在住の指揮者、武藤英明さん(62)を通じて消息を探している。
「五輪の名花」と慕われチャスラフスカさんは五輪で個人総合優勝した後、「オオツカ・リュウゾウ」という初対面の男性から認定書のついた一振りの刀をもらった。この時交わしたメモには「東京 新宿 戸塚3―947 ヤマザキ様方」などとあった。
旧チェコスロバキアに帰国後の68年、民主化運動(プラハの春)を支持して公職から追放された。武藤さんは、プラハで音楽活動を始めた70年代前半、身を隠して暮らしていたチャスラフスカさんに知人の紹介で出会い、演奏会に招くなどして親交を温めていた。
社会主義体制の崩壊後、名誉は回復し、チェコ・日本友好協会の名誉会長に。同じ頃に発足した日本刀研究会との交流が始まった。チェコ語で日本刀は「サムライ・ヨヴィー・メッチュ(サムライの刀)」。長年持っていた刀に込められた精神的な価値に改めて思い至ったという。
来日を控えた今春、武藤さんらに贈り主の消息を知りたいと相談。刀は長さ61.2センチで銘はなく、61(昭和36)年に山梨県教委が第5842号として発行した「銃砲刀剣類登録証」と、日本美術刀剣保存協会が63(同38)年4月21日付で「貴重刀剣として認定する」とした「岩井清殿」あての認定書がついていた。プラハで専門家が鑑定したところ、江戸時代の寛文年間(1661〜73年)の作と推定された。
これまで武藤さんらは新宿区職員の協力で、メモの戸塚3丁目(現在の高田馬場)周辺を調べた。当時の貸主の親族にもあたったが「オオツカさん」の手がかりはつかめていない。
今年7月、チャスラフスカさんは武藤さんに「サムライの刀、という日本人の魂のこもったものをもらって、その後生きてきた。何とか謝意を示したい」と話したという。
問い合わせは、武藤さんの知人で「つくし剣工会」の渡辺高行さん(0942・21・0974)へ。(小沢香)