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笹川尭(ささがわ・たかし)
【生年月日】
1935年10月5日
【所属・新旧】
諸新
【略歴】
都民のくらしを守る会代表・献血供給事業団会長〈元〉自民党総務会長・衆院議運委員長・衆院予算委員長・科学技術相▽明大法学部中退▽世田谷区代田4丁目
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■高齢者も安心の街に
笹川尭氏(77)は幼少期まで過ごした浅草・雷門近くに事務所を構えた。第一声の場所に選んだのも雷門の前だ。「安心して老いていける街、東京を作りたい。元気な人が具合の悪い人を助ける、そうすることで年寄りが安心できる」と声をあげた。
有楽町や新宿などのビジネス街ではなく、下町を選んだのは、「都政に庶民目線で取り組む意欲を示すため」(陣営幹部)。高齢者の孤独死防止、保育施設の拡充――。「都民に寄り添う政策」を前面に出す。
国会議員時代の選出区は群馬2区だが生まれは東京。「私は国会議員もやり官庁もリードしてきた。知事の適任者は私以外にいない」「都庁と国がけんかをして損をするのは都民」と石原都政も批判した。