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阪大名誉教授の伏見康治さん死去 原子力の平和利用推進

2008年05月09日18時54分

 元日本学術会議会長で大阪大名誉教授の原子核物理学者、伏見康治(ふしみ・こうじ)さんが、8日午後8時17分、老衰のため横浜市内の病院で死去した。98歳だった。通夜は12日午後6時、葬儀は13日午前11時30分から横浜市港北区菊名2の1の5の妙蓮寺斎場で。喪主は長女康子さん。

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伏見康治氏

 1909年名古屋市生まれ。33年東京大理学部卒。40年大阪大教授、61年名古屋大プラズマ研究所長に就任する。

 原子核物理の専門家として、原子力の平和利用を推進した。54年、中曽根康弘衆院議員(当時)らが、急きょ原子炉製造のための修正予算案を提出したのに対し、一晩で原子力憲章草案を書き上げる。案を受けた日本学術会議は、民主、自主、公開の原子力三原則をまとめ、55年の原子力基本法に盛り込まれた。

 83年から参院議員(公明)を1期務め、故湯川秀樹氏らが結成した「世界平和アピール七人委員会」の委員として、核兵器廃絶と原子力の平和利用を訴える活動に携わった。折り紙が趣味で、著書に「折り紙の幾何学」がある。

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