今井隆吉さん
ジュネーブの軍縮会議日本政府代表部の元大使で、日本の原子力政策に影響を与えた今井隆吉(いまい・りゅうきち)さんが10日夜、老衰のため死去した。83歳だった。通夜は12日午後7時、葬儀は13日午後0時30分から東京都中央区明石町10の1の聖路加国際病院聖ルカ礼拝堂で。喪主は長男隆太さん。
1929年生まれ。東大理学部卒。朝日新聞記者を経て、日本原子力発電に入社。技術部長時代に外務省参与として米カーター政権と極秘に交渉し、使用済み核燃料の再処理に米国の同意は不要とする日米原子力協定改定の足がかりをつくった。81年に国際原子力機関(IAEA)の事務局長選に挑んだが落選。82年から4年間、軍縮会議代表部大使を務め、85年の核不拡散条約(NPT)再検討会議では議長。杏林大学教授も務めた。
