武藤嘉文氏
外相や農林水産相、通産相などを務めた自民党の元衆院議員の武藤嘉文(むとう・かぶん)さんが4日午前1時47分、膵臓(すいぞう)がんのため東京都内の病院で死去した。82歳だった。通夜は5日午後6時、葬儀は6日正午から東京都目黒区碑文谷4の21の10の碑文谷会館で。喪主は長男嘉行(かこう)さん。
1926年生まれ。岐阜県各務原市出身。東亜同文書院大を経て、京都大法学部卒。日本青年会議所副会頭を経て、67年に衆院旧岐阜1区から初当選して以来、連続13回の当選を重ね、79年の第2次大平内閣では農水相として初入閣した。96年、第2次橋本内閣の総務庁長官に就任。自民党の総務会長や党税制調査会長など要職も担った。
05年衆院選を前に引退。後継の次男容治さんは8月の衆院選で岐阜3区の議席を失った。
祖父の嘉門氏は衆院議員や岐阜県知事、父の嘉一氏も衆院議員や各務原市長を務めた。