上村は進み続ける

　彼女は勝者ではなかったか。強い雨がゴーグルを打ちつけるサイプレスマウンテンで、上村愛子はまた、人生の階段をひとつ上ったのだ。

　７位、６位、５位、４位。長野五輪から五輪の度にひとつずつ順位を上げた。「どうして、一段ずつなんですかね」。上村は言ったが、メダルに届かなくても４大会連続入賞は原田雅彦、荻原健司、寺尾悟に並ぶ記録なのだ。

　どれだけのコブを彼女が越えてきたか。１９７９年、兵庫県伊丹市に生まれた。生まれてまもなく先天性心室中隔欠損症と診断された。小学校に上がるまで手術できないと言われた。だから両親は上村が２歳の時、空気のきれいな長野への転居を決め、ペンション経営を始めた。

　この転居がなければ、彼女は３歳でスキーを始めるようにはなっていない。

　心臓は自然治癒していった。しかし、小学校高学年からいじめにあう。スキーの上達に比例するようにそれはひどくなった。中学に入ってもやまなかった。中学２年で母親・圭子さんはカナダ・バンクーバー近郊へのスキー遊学を勧める。そこで出会ったのがモーグルだ。大会で、里谷多英の滑走を見たのが転機だった。「私、モーグルをやる」。アルペンからモーグルへの転向だった。

　長野五輪で金メダルを取った里谷多英が「その後、何度も考えた引退を思いとどまらせてくれたのは、愛子のひたむきな姿」というのだから、絡まり合う因縁がある。

　美少女・高校生として出場した長野五輪では７位の成績は別にして、国民の注目を集め、ＣＭにも多数出演するようになった。若くして有名になるつらさは、本人にしかわからない。

　ソルトレーク、トリノ五輪とメダルを期待されながら、わずかに届かない。トリノ五輪が終わった後、「いったいどうしたら五輪の表彰台に乗れるのかが、なぞです」。わずかに涙をこぼしながら、言ったのが印象的だった。

　今回、世界一といわれるターン技術があと一歩スピードに乗れなかった。が、その前進を誇りに思うべきだろう。彼女の人生のエンドマークはまだまだ出ない。（編集委員・西村欣也）