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夏に追い込み 持久力磨く ノルディック・恩田祐一

2009年10月19日16時29分

写真:気温16度の志賀高原でローラースキーをする恩田祐一拡大気温16度の志賀高原でローラースキーをする恩田祐一

 2時間30分に及ぶローラースキーを終えると、地面に座り込んだまま身動きができなくなった。標高1500メートルを超える志賀高原(長野)の林道を、距離にして約40キロ。スプリントの第一人者にとっては、厳しい練習だ。

 「夏場にどれだけ追い込めるかによって、冬の成績につながってきますからね」

 この時期、欧州の氷河で実際にスキーを履いて練習しているトップ選手は多い。夏見円や石田正子(ともにJR北海道)らも欧州で合宿していた。だが、「環境的には海外の方がいいかもしれないけど、志賀高原の環境は悪くない」と、あえて国内で鍛えることを選択した。「ずっと行きっぱなしでダラダラするより、ときどき東京に帰った方がメリハリもつきますから」

 昨季から、男子スプリントのコース上限が従来より200メートル長い1.8キロに変更された。決勝まで勝ち上がれば4回は滑る。得意のスピードに頼るだけではなく、持久的な要素も必要になってきた。

 そこで昨夏からは持久力の強化も視野に入れ、ローラースキーで距離を積むだけでなく、標高2295メートルの岩菅山の登頂ランニングなども繰り返した。練習時間は150〜200時間くらい増加。その影響でオーバートレーニングにも陥り、昨季は予選落ちの屈辱を何度も味わった。

 「バンクーバーに向けて夏場に一度追い込んでおきたかったので、しょうがなかったんです。五輪本番で体が動かなかったら駄目ですけど」。シーズン終盤には疲労も回復し、3月のW杯で自己タイの4位入賞を果たした。

 今夏からは、故障しやすいといわれるランニングのスピード練習も再び採り入れた。「自分のやりたいことをしないで、引退するときに後悔したくないんです」。東京の自宅に戻ると、荒川の河川敷で一人黙々と走り込んでいる。

 なぜ、ここまで自分を追い込めるのか。「練習はウソをつかないから、ですかね」

    ◇

 おんだ・ゆういち 80年、新潟県妙高市出身。07年3月のW杯男子スプリントで4位に入り、日本距離勢の歴代最高位(当時)を記録。06年トリノ五輪は26位。栄光ゼミナール所属。

(2009年8月5日 朝刊掲載)

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