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2012年7月29日13時56分

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車いすの友と挑む五輪 カヌー・羽根田

写真:カヌー競技中の羽根田卓也選手=5月、スロバキア、羽根田事務所提供拡大カヌー競技中の羽根田卓也選手=5月、スロバキア、羽根田事務所提供

写真:壮行会に駆けつけた中西拓馬さんと羽根田卓也選手=4月22日、愛知県豊田市喜多町1丁目拡大壮行会に駆けつけた中西拓馬さんと羽根田卓也選手=4月22日、愛知県豊田市喜多町1丁目

 ロンドン五輪は29日、カヌー男子スラロームカナディアンシングルの競技が始まる。愛知県豊田市出身の羽根田卓也選手(25)は北京五輪に続く出場だ。前回は14位予選敗退。この時、交通事故で意識不明だった親友の中西拓馬さん(24)=名古屋市中村区=は、友の応援に28日、両親らと空路ロンドンに飛んだ。体も言葉も不自由だが、気持ちは通じている。

 羽根田選手は、カヌー選手だった父邦彦さん(53)の指導で、小学3年時から矢作川などで本格的に練習を始めた。中学2年〜高校3年はジュニア日本選手権で5連覇。高校3年で日本選手権に初優勝し、8連覇中と国内無敵だ。

 私立杜若(とじゃく)高校(豊田市)を卒業した2006年春、あこがれの世界チャンピオンがいるカヌー競技の本場スロバキアに単身、渡った。世界トップ級の選手のトレーニングを見て「生活のすべてが競技に向いている」と刺激を受けた。

 08年5月のある日、高校時代の担任からメールが届いた。伝えられたのは同級生だった中西さんの交通事故。走行中の車から転落、頭を強く打ったのだった。

 羽根田選手は帰国に合わせて、意識不明の中西さんを見舞った。「信じられなかったが、現実だった」。北京五輪の結団式で帰国した際も意識不明。事故から約100日後に意識は戻ったが左目を失明し、脳に障害も残った。病院でのリハビリが続き、自宅に戻れたのは昨年2月だ。

 その間、羽根田選手は09年秋にスロバキアの体育大学に進み、今回、スラロームの日本代表監督を務めるミラン・クバンさんの指導を受けてきた。昨年9月の世界選手権で10位に入り、ロンドン五輪出場枠を獲得した。

 翌月帰国し、久々に見舞った中西さんは、羽根田選手が認識でき、少し話もできた。親友の容体を案じ続けた日々と回復を知った喜びを、羽根田選手は手紙にした。「前回お見舞いに行ってから、拓馬の夢を何度も何度も見ました。拓馬が元気になって一緒に遊んで、おれが泣いている夢。正夢になりました」

 手紙には北京五輪のTシャツを添えた。パラリンピックを目指すという中西さんへの贈り物。彼は高校時代、野球部主将で4番打者の頑張り屋でもあった。

 今年4月、豊田市であった羽根田選手の壮行会に、車いすの中西さんの姿があった。「言葉が不自由な分、気持ちが通じる」と羽根田選手。「死んでもおかしくない事故。(それを乗り越えようと)本人も努力し、家族も大変な中で僕を応援してくれている。競技で恩返しがしたい」。高まる周囲の期待にも「プレッシャーを力や集中力に変えられるのが強い選手」と力強く話した。(小渋晴子)

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