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2012年7月17日7時4分
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硫黄島からの親心 五輪銀の父の手紙、広島で教材に

写真:1944年12月、硫黄島から河石達吾が妻輝子さん宛てに出した手紙。長男達雄さんを造船技師にしたいという夢がつづられている=いずれも河石達雄さん提供拡大1944年12月、硫黄島から河石達吾が妻輝子さん宛てに出した手紙。長男達雄さんを造船技師にしたいという夢がつづられている=いずれも河石達雄さん提供

写真:1932年、ロス五輪の100メートル自由形決勝で2位に入り、喜ぶ河石達吾=河石達雄さん提供拡大1932年、ロス五輪の100メートル自由形決勝で2位に入り、喜ぶ河石達吾=河石達雄さん提供

写真:今年1月、広島県江田島市大柿町の大古小学校で父の手紙について話す河石達雄さん=大古小学校提供拡大今年1月、広島県江田島市大柿町の大古小学校で父の手紙について話す河石達雄さん=大古小学校提供

写真:今年1月、広島県江田島市大柿町の大古小学校で父の手紙について話す河石達雄さん=大古小学校提供拡大今年1月、広島県江田島市大柿町の大古小学校で父の手紙について話す河石達雄さん=大古小学校提供

 太平洋戦争末期の硫黄島での米軍との戦いで死亡した、ロサンゼルス五輪(1932年)の競泳銀メダリスト河石達吾。彼が硫黄島から家族にあてて出した手紙が、出身地の広島県江田島市の全中学校で、家族のきずなを考える教材として活用されることになった。

 手紙は、44年秋ごろから45年1月にかけ、妻の輝子さん(91年に74歳で死去)宛てに計6通書かれた。父からの手紙はいま、兵庫県尼崎市に住む長男の達雄さん(67)の手元にある。

 44年7月に硫黄島に配属された父は、主に司令部を守備する大隊長の副官(中尉)で、45年3月に33歳で戦死したとされる。

 戦況がいよいよ悪化していく44年12月6日、達雄さんが生まれた。長男誕生の知らせを受け、父は手紙に感激をしたためる。「往年競技に於いて勝利を獲た時のそれと同じだ」

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