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朝日新聞デジタル
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ソチ冬季五輪開幕を目前に控えた五輪公園。後方のカフカス山脈の
ふもと、グルジアのアブハジア自治共和国との国境はわずか4キロの
距離にある=2014年1月4日、チャーターヘリから、川村直子撮影

スキーのジャンプ競技場で使われた雪を保存するための保冷シート
=2013年12月18日、ソチ、関根和弘撮影

五輪でアルペンスキーなどの会場になるゲレンデ「ローザ・フートル」。
一面新雪で覆われていた=2013年12月19日、ソチ、関根和弘撮影

 イスタンブールから飛行機で2時間足らずでロシアのソチに着いた。

 黒海を渡ると雪国、ではなかった。

 皇帝ニコライ2世の帝政時代から富裕層が集まる高級保養地。冬季五輪の開催都市には似つかわしくない風景が広がる。

 氷上競技の会場群が広がる五輪公園に雪はない。市内には南国を思わせるヤシの木が茂る。2月の最高平均気温は10度。東京とさほど変わらない。

 ロシアで初めてとなる冬季五輪の開催が決まったのは7年前の夏。中米グアテマラでの国際オリンピック委員会(IOC)総会だった。

 首都モスクワから南に約1500キロ。黒海沿いの亜熱帯気候の街で冬季五輪が開けるのか。雪不足の心配はないのか。そんなIOC委員の疑念を吹き飛ばしたのは、プーチン大統領の力強い公約だった。

 「雪は私が保証する」

 いくらカリスマ性を備えたリーダーだといっても、気象をコントロールできるわけがない。だが、英語と仏語を交えた大統領のスピーチは、IOC委員の心に強く訴えたのだった。

 ソチ五輪組織委員会の雪対策は国家の威信をかけたものになった。昨冬の残雪約71万立方メートルを特殊な保冷シートで覆って保存した。東京ドームの半分以上が埋まる膨大な量だ。少しぐらい気温が高くても人工雪がつくれる最新鋭の装置も大量に導入した。

 それでも、昨冬は記録的な暖かさだった。五輪を迎える今年も雪不足になるのでは、という不安は募った。

 昨年12月14日、ソチ五輪組織委員会のドミトリー・チェルニシェンコ会長は、喜びを隠せないつぶやきをツイッターで発信した。

 「正式にクラスナヤ・ポリャーナのスキーシーズンが開幕した」。五輪のスキー会場となるクラスナヤ・ポリャーナで開かれた、吹雪の中でのセレモニーを伝える写真が添えてあった。その後も、雪景色を伝える会長の投稿は続いた。ソチの街から約50キロの山間部には寒波がやってきた。

 その頃、オープンしたばかりのスキー場を訪ねてみると、標高2320メートルの山頂からは、遠くに見えるカフカス山脈から手前のふもとまですっぽりと雪に覆われていた。

 クラスナヤ・ポリャーナで初雪が観測されたのは、例年より約1カ月早い昨年9月中旬だった。ソチに駐在する気象学者ワレリー・ルキヤノフ氏はいう。「今シーズンの雪の多さは10年に一度のプレゼントだ。ここで4年間観測しているが、今シーズンのように雪が多いのは初めてだ」。

 スカンディナビア半島から低気圧が接近して寒気を運び、平年より4~6度気温が下がったことが大雪をもたらしたという。

五輪会場のスキーリゾート「ローザ・フートル」=関根和弘撮影

気象専門家・ワレリー・ルキヤノフさん=関根和弘撮影

山肌が見えるバンクーバー五輪のフリースタイル
スキー会場を整備するスタッフ=2010年1月27日、バンクーバー、飯塚晋一撮影

フリースタイルスキー・モーグル女子決勝でエアを決める上村愛子
=2010年2月13日、上田幸一撮影

 4年前のバンクーバー五輪で、開幕前の「主役」は雪不足だった。モーグル会場だったサイプレスマウンテンの斜面は地肌がむきだし。ヘリコプターやダンプカーで雪を運び、突貫工事でコース整備を間に合わせていた。

 世界から集ったメディアは、このニュースに飛びついた。

 「私の調子には関心がなく、雪不足のことばかり聞かれるのって、逆に気が楽。モーグルも注目されるし」。記者会見で、雪不足についてのコメントばかりを欲しがる記者に、ウイットに富んだ皮肉を浴びせたのはモーグル女子のハナ・カーニー(米)だ。このリラックスぶりが功を奏し、金メダルを手にすることになる。

 この大会でフィギュアスケートの浅田真央と並んで注目されたのがモーグルの上村愛子だ。彼女の悲願であったメダルを遠ざけた理由の一つが、実は暖冬だった。

 上村は鋭利なスキーのエッジを雪面に食い込ませ、切り裂くように滑る高度なターン技術をもつ。しかし、雨で湿った重い雪では、その優位性が生かせず、ライバルとの差がつきにくい。

 試合当日のサイプレスマウンテンは気温4度。強い雨と風が吹きつけていた。上村は4位に終わった。長野五輪の7位から6位、5位と階段を上がり、またも一歩だけの前進。「なんで、こんな一段一段なんだろう」。涙がほおを伝った。

 銀メダルを手にした地元のジェニファー・ハイル(カナダ)はあきれて振り返った。

 「傘を差してリフトに乗ったのなんて、生まれて初めて」

 大会終盤、IOCのジャック・ロゲ会長(当時)に地球温暖化への懸念を質問すると、こう口にした。

 「大いに憂うべき問題だ。将来、冬季五輪に深刻な影響をもたらすかもしれない」