主婦 二河瑩子(和歌山県 82)
1986年、ウクライナのチェルノブイリ原発事故が起きて27年たつが、今も廃炉作業は見通しが立っていないと先日、報道で知った。私は94年と97年、市民団体の活動で薬品や医療器具を持ってウクライナの村を訪ねたことがあり、素朴な村人たちの深い嘆きの表情や、事故直後の消火活動で犠牲になった方々の墓石に手を合わせたことを思い出す。地平線まで果てしなく広がる小麦畑。そこにチェルノブイリまで続く送電線が整然と並んでいた。病院には白血病を患う子どもたちがいた。
原発を応急手当て的にコンクリートで覆った「石棺」は、当時すでにその崩落が懸念されていた。いつか日本人の私たちも、同情する立場から同情される立場にならないだろうかとふと思ったことを覚えているが、その心配は2年前に福島で現実に起きてしまった。