■戦争の何を記憶するのか
橋下徹大阪市長の記者会見と、ツイッターで市長が発表した文章を巡る一連の報道を見ると、時間が経つと戦争経験は単純化して語られるという印象が深い。慰安婦を集める過程に強制はなかった、世界各国の軍が慰安婦制度を活用したと当たり前のように語られているからだ。
戦争の記憶として一般に語られるのは、その社会の多くの人が受け入れ、時には政府によって国民教育の柱とされる公式の記憶である。その対極には、公式の記憶のように受け入れられることはないが少なからぬ人の語り続ける私的な記憶がある。