|
環太平洋経済連携協定(TPP)の第18回交渉会合が7月、マレーシアのコタキナバルで開催され、日本は今回の会合の途中から初めて交渉に参加した。日本とアメリカを含む環太平洋地域の12カ国により、域内での関税・非関税障壁の撤廃を通じた包括的な市場アクセスの実現等をめざして交渉が行われた。
TPPに関しては、日本国民の間でも、産業・職業分野や地域によって利害関係がはっきり相違するため、意見の一致を得ることが難しく、そのため先の参議院選挙においても、幅広い有権者から支持を得ようとする政党は立場を明確にしなかった。「TPP等の経済連携交渉は、交渉力を駆使し、守るべきものは守り、攻めるべきものは攻めることにより、国益にかなう最善の道を追求します」という自由民主党の公約の文章はその典型といえる。
国境における経済取引の管理の仕方は、一国の経済のかたちを決める重要な要素であり、その選択いかんは国民の生活に長期にわたって大きな影響を与える。そして日本は、幕末期の開港を含め、過去にそうした政策選択を行ってきた。ここでは、そのうち1960年代に行われた「貿易自由化」の経験を取り上げることにしたい。