わたしは今も生きている、という文章でその本は始まる。岡崎愛子さんが今月出した『キャッチ!』だ。10年前、同志社大2年の時にJR宝塚線(福知山線)の事故に遭い、首の骨が折れる重傷を負った。以来、車いすの生活を送る。この10年の経験に学んだことを伝えたくて執筆した▼病院で呼吸困難に陥り、死を覚悟する瞬間が描かれる。気持ちがすっと穏やかになり、不思議に感じたという。「生きていられることは、当たり前のことなんかじゃない」という言葉に重みが加わる。だからこそなのだろう。その姿勢は前向きだ▼大卒後に入社した大手電器メーカーを昨年退社し、起業した。犬との楽しい暮らし方などをアドバイスする仕事という。事故にとらわれずに歩みたいとの思いが今は強い、と書いている。もちろん、JR西日本に安全への責任をまっとうするよう厳しく注文はしつつ▼「10年は私どもにとって決して節目でも区切りでもない」。JR西の真鍋精志(せいじ)社長は先日の記者会見で語った。その通りだろう。鉄道事業者の安全への取り組みに終わりはない▼JR西は、第三者機関に安全管理の評価をしてもらう仕組みを今年度から導入する。事故原因の解明をめぐって遺族らと議論を積み重ねてきた成果の一つだ。「組織への配慮」や「過大な自己評価」といった甘さを克服することができるのかどうか▼今もなお心の傷が癒えない遺族は多く、後遺症に苦しむ負傷者もいる。その痛みに思いを致すことを忘れまい。