秋風が吹いて永田町の夏休みが終わる。月末から臨時国会である。憲法9条の「解釈改憲」をめぐる議論が再び熱を帯びることを望みたい。政治の世界では休眠状態になっているが、市民や識者の間では地道な取り組みが続いている▼きのう、東大の「共生のための国際哲学研究センター」が催したシンポジウムをのぞいた。憲法学界の大御所、樋口陽一さんが登壇するからだ。8月に載った本紙宮城版のインタビューで語っていた。安倍首相に「憲法へのニヒリズム」を感じる、と▼ニヒリズム、すなわち虚無主義。既成の価値や規範、権威などを否定し、破壊しようとする考え方を意味する。そういえば、おととしの総選挙にあたり、安倍氏は「みっともない憲法ですよ」と形容していた。取り扱い方がぞんざいになるのも当然か▼シンポでは、樋口さんの指摘に触発された哲学者の國分(こくぶん)功一郎さんが一つの見方を披露した。この政権は改憲が自己目的と化している。そこには、立憲主義という「上から」の拘束に対する反発や憎悪があるのではないか、と。急所を突く診断だと思う▼政治権力に勝手をさせないために、「下から」の民主的な手続きによってもできないことを決めておく。それが立憲主義だ。数の力にものをいわせる民主主義との間には時に対立が生じる。いままさにその時だろう。確かなことは、どちらか一方だけではやっていけないということである▼議論は長期戦になる。市民一人ひとりの熟慮がものをいう。