主人公は勤め先の役所がひけて帰宅してから風呂に行く。その時間といえば〈丁度(ちょうど)人の立て込む夕食前(ゆうめしまえ)の黄昏(たそがれ)である〉。漱石の『門』の一節だ。ここに言及して政府高官は言った。「夜遅くまで働くのは、決して日本の伝統文化ではない」▼先月、各省庁の次官級を集めた会議でのこと。議題は「ゆうやけ時間活動推進」、略して「ゆう活」だ。いつもより早く出勤して早々に仕事を終え、夕方からはオフを楽しもうという取り組みである。長時間労働を見直すのだという▼首相肝煎りの朝型勤務が、1日から国家公務員を対象に始まった。8月いっぱい続く。「早く帰ると、フロもゆったり。ごはんもゆったり」「子どもと公園でキャッチボール」。生活を豊かにと政府広報は訴える▼開始後、中央省庁の職員と会食した。17時過ぎに落ち合おう、と先方。なるほどこれが「ゆう活」効果か。しかし彼は釈然としない様子だった。もともと霞が関では残業が多い。朝を早める分、働く時間が増えかねないのも確かだ▼では、早帰りをどう励行するのか。幹部が庁舎内を見回り、職員に退庁を促すよう官邸は求める。省庁ごとに見回る人の役職、見回り予定日と予定時刻の一覧表が出来ている。ここまでやるかと思わず見入った▼働き方の見直しはいいとして、どこかにしわ寄せがいかないか。しかも役所だけでなく、国民運動として全国に広げると政権は意気込む。個人的には、見回られる側にも見回る側にもなりたくない気がするが。