スポンサーは最初、強く反対したという。ウイスキーの名作コピーとして語り継がれる〈恋は、遠い日の花火ではない。〉である。明るさや元気さに欠ける印象を与えたらしい。購買層として狙う団塊世代への応援歌のつもりなのに……▼1994年に発表されたこの作品には、確かにどこか哀愁も漂う。「遠い花火」のイメージだろうか。作者の小野田隆雄さんによれば、それは少年時代の思い出として残る夏の風景だという。「魅力的な寂しさ」があったと、著書『職業、コピーライター』で回想している▼彼方(かなた)の空に小さな光の花が一輪、ポワッと咲く。また一輪。音は聞こえない。そんな遠い花火はしみじみ味わい深い。先日の朝日俳壇にも登場していた。〈近くなら行つてゐる筈(はず)遠花火(とおはなび)〉内山秀隆▼先週の土曜日、隅田川の花火大会を見た。知人の好意により、打ち上げ場所を眼下に見おろす特等席である。大輪が真正面で開花する。火の粉が降りかかってきそうなほど近い。玉が次々と炸裂(さくれつ)する大音響に全身が揺さぶられる▼二つの会場でそれぞれ約1万発。その5分の1を占める2千発が、最後の5分間に集中する。度肝を抜く速射連発、呼びもののスターマインだ。ただただ圧倒されるフィナーレを観衆は万雷の拍手でたたえた▼遠い花火とは正反対と見えても、瞬間の芸術であることに変わりはない。時よ止まれ、の願いは届かない。興奮の余韻にはかなさが混じり合い、帰路につく。夏の花火シーズンは佳境である。