川柳作家には人間観察の達人が多い。だからこの句も、野球を詠みつつ人生一般の情景描写と見ることができる。〈九回裏別に奇蹟(きせき)もなく負ける〉。戦後川柳の大家だった川上三太郎の作だ。ただし、ごくまれに、人生でも球場でも、起きないはずのドラマは起きる▼高校野球石川大会決勝のスコアボード写真は、歓喜と非情の数字をとどめていた。0―8で負けていた星稜が9回裏に9点を挙げ、逆転サヨナラで小松大谷を破った▼最終回、8人が本塁を踏まなければ甲子園は消える。至難もいいところだが、星稜の選手たちは笑いを絶やさなかった。「笑えば前向きになれる」。必勝ならぬ「必笑(ひっしょう)」を今年のチームの合言葉にしてきたという▼一方で、目の前の勝利をさらわれた側の悔しさは募る。打たれて号泣して謝る2年生投手に、途中交代した3年生エースの山下亜文(あもん)君は泣きながら「次、がんばれよ」と声をかけた。そして「これが、野球やと思う」と▼高校野球好きで知られ、幾つもの「甲子園の詩」を残した作詞家の阿久悠さんなら、地方大会のこの結末をどう見ただろう。詩集をめくっていたら、次のくだりが目に留まった▼〈勝つことで得たものと 敗れることで得たものと 秤(はかり)にかけて重さを比べれば やがて同じ目盛になる〉。各地で続々と代表が決まり、来月9日には甲子園に集う。参加約3900校のうち、最強の1校を除いて負けないチームはない。どの秤にももれなく、ずっしり重いものが載るはずだ。