作家の内田百(ひゃっけん)は自分に言い聞かせた。〈少しく落ちつかなければいけない〉。国鉄職員の訪問を受けて東京駅の一日名誉駅長になってほしいと頼まれ、興奮したのだ。1952年の鉄道開通80周年の記念行事。汽車好きゆえに否やはない▼しかも、任務は昼の特急「はと」を名誉駅長の合図で出発させることだという。数ある中で一番好きな列車だ。〈むずむずせざるを得ない〉。当日、制服制帽姿の百は発車寸前に職務を放棄、はとに乗車してしまった。「時は変改(へんかい)す」という文章に書き残している▼その東京駅はきょうが開業100周年である。1914年の式典には首相だった大隈重信が出席した。当時の本紙によれば、大隈は明治初めの新橋駅の開通式にも出たことに触れ、「文明の進みの速(すみや)かなるに驚嘆せざるを得ぬ」と祝辞を述べた▼きのう丸の内南口から外に出てみると、超高層ビルが林立し、深い谷底に沈んでいるような錯覚に陥った。大隈がこの光景を見たら、驚嘆どころではすまないだろう▼駅構内のギャラリーで「一〇〇年の記憶」という企画展を催している。過去と現在の駅周辺の立体模型が目を引く。100年前はまだ一面の原っぱである。50年前は、地上8階建てだった旧丸ビルとほぼ同じ高さのビル群が行儀よく並ぶ▼百ではないが、変改きわまりなし。それでもホームには開業時の柱が今も残る。大隈が見た姿に復元された赤れんがの美しい駅舎には、きのうも多くの人々がカメラを向けていた。