作家の三島由紀夫は若者に向けて、「教師を内心バカにすべし」と説いた。1950年代末のことだ。この世に尊敬できる先生など存在しない、と言ったわけではない。先生とは生徒に乗り越えられるべき存在なのだと言っている▼三島は書く。少年の悩みを大人は理解できない、いかに生きるかは自分で考えよ、教師に理解なんかされてやらないぞという気概を持て、と。肝心なのは「内心」で思うことで、行動にあらわすのはただのおっちょこちょいだ、と釘も刺している▼三島の『不道徳教育講座』はその題名や軽妙な文章に反し、真面目な内容を語っている。道徳が実は逆説をはらむことを読者に示す。不道徳に慣れて抵抗力を身につけよ、なぜなら善良一辺倒な人ほど悪徳への誘惑に弱いから、といった具合だ▼小中学校の「道徳」が教科に格上げになる。文部科学相の諮問機関、中央教育審議会がおととい答申した。教科書はどうなるのか。どんな成績評価をするのか。論点は残るが、道徳教育は戦後70年を前に曲がり角にさしかかっている▼第1次安倍内閣では頓挫した政権の悲願だ。特定の価値観の押しつけにならないか、懸念は今もある。対立する多様な価値観に誠実に向き合い、考え続ける姿勢を養う――。答申の一文に二言がないことを願う▼三島の逆説をもう一つ。人としての優しさは大人のずるさと一緒にしか成長しないものだ――。徳目を一本調子に説教されても身につくものではない、という明察である。