「湯水のように使う」という表現は、水に恵まれた土地でしか生まれない。何年か前に見たフランス映画に、干ばつのアフリカから救われてきた少年がシャワーを使う場面があった。流れていく水を見て「だめ」と叫び、排水口を両手で必死にふさいで止めようとした▼先日は、米カリフォルニア州で猛威をふるう山火事のニュースが、「地球異変」と題して本紙に載った。異常乾燥が原因という。この3年間まとまった雨が降らず、「500年に1度」ともいわれる干ばつに現地はあえぐ▼水は海や陸地から蒸発し、雨や雪となって降り、循環する。無尽蔵に思われるが、海水を除けば淡水はわずかだ。人間が利用できるのは総量の0・01%というから、実は拝むような貴重品である▼豊かな水に恵まれた国土と、その裏返しの非情をあらためて思う夏だ。全国で続く天変を、気象庁は「平成26年8月豪雨」と名づけた。広島市の土砂災害現場では、多くの人が行方不明のまま、懸命の捜索が夜通し続く▼降れば洪水。照れば干ばつ。吹けば竜巻――。極端な気象が地球上で顕著になっているという。思いもよらぬことが次々に起きて、昨日まで何十年続いた無事も、今日の安全に太鼓判を押してはくれない▼日本列島の雨雲を干ばつの地に分けたいが、天は人意を解さず、縄で縛って連れても行けない。被災した方(かた)の悲嘆のいかばかりかを思いつつ、起きた現実から学び取りたい。自然、すなわち天地のはざまで生きる作法と知恵を。