担任の先生の顔がちょっと意地悪そうに見えた。「抜き打ちテスト」に大いにあわてた経験のある方は多いだろう。日本の政治史には「抜き打ち解散」というのがあった。1952年のことだ▼時の首相吉田茂が少数の側近と相談し、本会議も抜きにして衆院選に打って出た。反吉田勢力から準備する時間を奪い、打撃を与える狙いだったとされる。官房長官として密議に加わった保利茂は後に「異常な手続き」だったと振り返っている▼その経験が反映されたのかどうか。保利は衆院議長だった78年に、解散権の乱用を戒める見解をまとめた。翌年、保利の死後に公表された見解は、内閣の「都合」や「恣意(しい)」による一方的解散は憲法の精神に反すると批判する。今も解散権をめぐる議論でよく言及される主張だ▼どんな状況なら解散が許されるか。第一に、与野党の対立で国会がどうにも動かなくなった場合だと見解はいう。第二に、前の選挙後に新たに重大な争点が浮上し、改めて民意を問う必要が生じた場合だ▼解散権は強大であるだけに、その発動には限界があり、ルールが必要だという保利の考えは正論だろう。だが、よき慣例はいまだ確立されず。そのことを今回の抜き打ち的な解散は示したといえる▼解散権を乱用させないためには、結局は有権者が選挙の結果で迫っていくしかない。解散の「都合」を見抜く。掲げられた争点を疑う。今回でいえば本当に「アベノミクス」なのか、実は憲法への姿勢ではないのか、と。