高倉健さんの渋いせりふによって、「不器用」という言葉は株を上げた。本来は否定的な意味だが、その中にあった好意的なニュアンスが膨らんだ。いまや「器用」を超える褒(ほ)め言葉かもしれない▼米国のフォード元大統領も不器用な人だったらしい。冗談めかして「歩きながらガムがかめない」と言われるほどだったと前に書いた。同時に二つのことができない意味の揶揄(やゆ)ながら、飾らぬ正直者という含みもあったと聞き及ぶ▼「二つ同時」も良し悪(あ)しで、警察庁によれば、今年の上半期に自転車の「ながら運転」が全国で89件摘発されたという。携帯電話で話したり、画面を見たりしながら乗るなどの違反である。実感より少ない、と感じる人も多いのではないか▼警察官の指導警告に従わずに「赤切符」を切られるか、事故を起こして「事件扱い」された数なのだという。だからまさに氷山の一角。実際に街を歩いていると、危なっかしい「曲乗りまがい」は随分多い▼当たり前の光景になった歩きスマホにも言えるが、「二つ同時」はどちらかにしてほしい。視野は通常の歩行時の約20分の1に狭まるという。対象物にも1・5メートルまで近づかないと気づかないそうで、傍若無人を地で行く。不愉快の種をまき、ときには事故も起きている▼歩きながら操作すると健さんの「不器用ですから」が現れるアプリを、どなたか作らないだろうか。自転車や車の運転のときも注意を促してくれる。横着な器用が、ぐっと減るかもしれない。