古代、女性にその名を問うことは求婚を意味した。万葉集巻頭の雄略天皇の歌も、菜を摘む娘に「あなたはどちらの家の人か。名前を教えて」と迫っている。名前にはその人の魂がこもり、名乗ることは魂を相手に渡すこと、結婚を受け入れることだったという▼確かに名前には不思議な力が宿る。作家三島由紀夫の本名は平岡公威(きみたけ)。若々しいペンネームに比べ、荘重な感じだ。もし本名で書いていたら、あの若さで死を遂げることはなかっただろうという見方を、どこかで読んだ記憶がある▼名前に人生を大きく左右される。あるいは呪縛される。そこまではいかなくても、微妙な影響を受けることはあるかも知れない。名前の方も、時代の影響を被らざるをえない。「子」のつく名の女子が多かった昭和は随分遠のいた▼名づけには子どもの幸せを願う親の愛が映る。他人と間違えられないために、が命名の根本条件だといったのは批評家の小林秀雄だが、世の中にたった一つという個性の追求も昨今は当たり前だ▼明治安田生命保険による赤ちゃんの名前ランキングには、読み方の難しい名が並ぶ。例えば男子の大翔(はると)、女子の結愛(ゆいな)。思いの詰まった漢字の選び方、そしてその自由奔放な読ませ方に目をみはる▼文筆家伊東ひとみさんの近著『キラキラネームの大研究』によれば、漢字は今や、その起源や来歴から隔絶され、イメージ優先の「感字」と化したのかも知れないという。当節の名づけの特徴と歴史的背景を分析して鋭い。