兼好法師の「徒然草」には珍妙な人物が色々登場する。ふざけてかぶった鼎(かなえ)がとれなくなったお坊さんもいれば、あだ名にカッカと怒る僧正もいる。因幡(いなば)の国の娘も変わっている。美人と評判で、大勢の男が求婚にやってきた▼ところがこの娘、栗ばかり食べていて米の類をまるで食べない。親は「このような変わり者は、よそ様の家にはやれない」と結婚を許さなかった。たったこれだけの話だが記憶に残る▼栗と日本人のつきあいは古い。〈瓜(うり)食(は)めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲(しぬ)はゆ……〉と万葉人の山上憶良は「子等(ら)を思ふ歌」に詠んだ。古来この国の秋は、まるいイガが割れて落ちる頃にたけてくる。味覚の秋になくてはならぬ名脇役だ▼鬼皮と渋皮の二重包装はむくのにてこずるが、だからこそ一粒に存在感がある。〈栗飯の栗母さんの箸(はし)が呉(く)れ〉森紫苑荘(しおんそう)。幼い思い出につらなる素朴な情景は、王者松茸(まつたけ)にも真似(まね)のできない栗の役どころである▼唱歌「里の秋」でも、栗の役割は大きい。♪ああ母さんとただふたり 栗の実煮てますいろりばた――。終戦直後にラジオから流れ、復員者を待つ家族を励ました。今では誕生のいきさつを離れ、しみじみと歌い継がれる名曲だ▼甘味料が貴重だった昔、その甘みは尊ばれたそうだ。「徒然草」の栗娘は、甘いものに目がないわがままな娘だったのかもしれない。それとも娘を手放したくない親の口実だったか。秋の夜長、つれづれなるままに、栗ひとつから連想がわく。