中国政界の汚職事件に、「四(し)知(ち)」の故事を思い浮かべた方もあろう。後漢の時代、楊震(ようしん)という人が、ある地方の太守に赴く途中、夜遅く一人の役人が訪ねてきた。懐から金を出して、誰も知る者はありませんから、と手渡そうとした。賄賂である▼はねつけた言葉が後世に残った。「誰も知らないことはあるまい。天知る。地知る。君も私も知っている」。すなわち四知。楊震の爪の垢(あか)が残っていたらと、中国の国民は思っただろうか▼こうした故事が光るのも、官位で私腹を肥やす者が古今東西に絶えないからだ。巨悪から小悪まで、中国共産党の歴史も腐敗と粛正のせめぎ合いだった。摘発された周永康氏は、最高指導部に名を連ねた超大物である▼周氏一族らから当局が没収した財産が、1兆5千億円に及ぶと聞けば驚く。白髪三千丈ばりの誇張ではない。司法や警察を統(す)べ、石油業界を基盤としただけに、うまい汁の出どころには敏(さと)かったようだ▼中央から地方まで、かの国では腐臭が充満し、民衆の不満は爆発寸前という。習近平政権は、周氏という「巨大な穴」で危険なガスを抜く算段らしい。法治による正義というより、見せしめ、さらには権力闘争の色が濃い▼共産党にはびこる腐敗は根深く、絶やそうと日にさらせば党自体が滅びかねない。いわば、水虫の退治に足を壊死(えし)させる覚悟がいるほど深刻だ。習政権にその意思はあるまい。清廉(せいれん)の士の故事は苔(こけ)むして、いまや隣国の新聞に引用されるだけの存在であろうか。