将棋の世界で四段と三段は天と地ほど違う。四段に昇段すれば晴れてプロ棋士だが、狭き門を前に俊才がせめぎ合う。演歌も歌ってファンの多い内藤國雄(くにお)九段の本に「三段地獄」という言葉が出てくる▼プロの卵の時代、内藤さんが負けて帰ると母親はよくこう言った。「相手の人が喜んではる。はよ寝なさい」。変な慰め方を怒ったこともあったが、あとになって、人生に必要な「気持ちのゆとり」を教えてくれていたのだと痛感したそうだ▼内藤さんがプロ通算で1千敗を喫したと、先日の記事にあった。千の大台は歴代3人目だが、勝ち数も1132勝で歴代6位になる。勝ちも勝ったり、負けも負けたり。56年半の現役を終え、あさって31日に75歳で引退する▼電話でうかがうと、負ければ「運がなかった」と思い、勝ったときは拾い勝ちでも「才能で勝った」と信じ込んだという。「自分に嫌気がさすのが一番いけない」。むろん鍛錬と精進あっての話だが、「千勝千敗」に裏打ちされた人生哲学である▼勝負師でなくても、大小の勝ち負けを連ねて人は生きてゆく。勝ち続けも、負け通しもない。多くの若者が新たな門出をする季節、今も将来も、勝ち組だの負け組だのという言葉に心乱されたくはないものだ▼おめでとう、ありがとう、さようなら、がんばれ――そんな言葉が行き交う3月から4月。組織も人も、集まっては散じ、別れては出会うことで活力が生まれる。春の息吹に背中を押されて、歩み出すときである。