港湾労働をしながら思索を深め、「波止場の哲人」と呼ばれた米国人エリック・ホッファーが次の言葉を残している。「不平不満をもつことは、人生に目的をもつことである。不平不満は、希望の代替物のようなものとして機能しうる」▼『魂の錬金術』という本から引いたが、素朴な人生訓ではない。不平不満が姿を変えた希望の危うさをにおわせている。この言葉に、世界の若者を吸い寄せる「イスラム国」が重なる。貧困や差別が生みだす鬱屈(うっくつ)を、「邪悪な希望」に変える秘術に長(た)けた組織なのだと思う▼その「イスラム国」の傘下に、パキスタン・タリバーン運動の幹部らが加わると報じられたのは10月だった。この過激派組織もまた、不平と不満の荒野に「邪悪な希望」をはびこらせる。残忍きわまる学校襲撃の蛮行を、先日起こした▼一昨年、教育を受ける権利を訴えるマララ・ユスフザイさんを銃撃した組織である。歪(ゆが)んだ大義に多くのイスラム教徒は怒っていよう。今度は生徒ら140人以上が亡くなった▼断じて許されぬ行為だが、彼らを暴力に走らせる怪物、すなわち貧困、無知、憎悪などは武器だけで解決できるものではない。ここはマララさんの語った「1人の子ども、1人の先生、1冊の本、1本のペンで世界を変えることができるのです」を思い出したい▼惨劇に怒り、マララさんを称賛するだけでなく、ささやかでも私たちにできることはないだろうか。本物の希望をもたらす柔らかい支援というものを。