■《天声人語》
不思議な効果を備えた語句というものがある。例えば「根岸の里のわび住まい」。この上に季語を乗せれば、たちどころに俳句風の五七五ができる。「あじさいや」でも「夏座敷」でも「木下闇」でもいい。句の締まり具合に難点はあるものの、形にはなる。
その言葉を最後に付けると話が終わってしまうのが「人生いろいろ」である。近頃、首相が用いたようだが、そのすさまじい威力を、以前、夕刊の連載「青空の方法」で、劇作家の宮沢章夫さんがこんな風に書いていた。
経済記事に付ける。「二十二日の東京株式市場は、円高に対する警戒感と米国市場での大幅な株安から、全面安の展開となった。人生いろいろである」。有名な文学作品も終わってしまう。「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。人生いろいろである」
近年多用されている決め言葉が「危うい」と「危うさ」だ。本紙で使われた頻度を、最近の10年と、その前の10年とで比べると、「危うい」は約3倍、「危うさ」は約5倍に増えた。簡明な「危ない」や「危なさ」では表しにくいような広がりを感じさせるし、露骨さを薄める効用もある。時代の気分を表しているのかも知れない。
「危うさ」を感じさせるようなことが続いている。「いろいろ」で終わらせようとする首相のもとで「いろいろ」な閣僚が暴言を続けた。自衛隊への指揮権がどうなるのか、論議も説明も無いままに多国籍軍に連なろうという動きも見える。
ここは、あえて簡明な方を使ってみよう。このままでは「危ない」。
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