文化とお金を結びつける考え方が、声高に語られている。

 文化GDP拡大。文化庁の文書にしばしば、この文字がおどる。先の参院選で自民党の政策集にも載った。文化庁は現状を約5兆円と試算。それを3倍以上に伸ばして、政府が掲げる「GDP600兆円の達成に貢献する」と、勇ましい。

 だが、文化GDPには確たる定義はないという。根拠の頼りない金勘定は説得力を欠く。

 文化を考える時、「経済」は大事な視点の一つである。

 寺社などの文化財を見に人が集まり、美術や音楽のフェスティバルが人気を呼ぶ。文化芸術の魅力は人を動かす。観光産業などと結びつき、結果として、お金や雇用を生むケースも多い。見せ方の工夫や内容の充実で、来訪者を増やし、満足度を高めて経済効果を上げる努力も意味あることだ。文化事業などの波及効果を金額に換算する便法も理解できる。

 お金は意味のある尺度の一つではある。

 しかし、物差しの一つが力を持ちすぎるのは危険だ。それに合うものばかりが注目され、外れたものが隅に追いやられては困る。

 美しいものに触れる。新しい世界を開く。楽しむ。驚く。考えを深める。先人の足跡を知る――。文化芸術の根幹は、そうした人間や世界を探究する営みだ。その価値は、経済性と切り離して理解されるべきだ。

 そのうえで、文化芸術の力を有効に使うことも考えたい。

 芸術祭で地域が活気づく。演劇で高齢者が生き生きする。そうした例は各地にある。文化芸術が、人と人、人と場所、過去と未来とを結び、人や地域のエネルギーを引き出すからだ。その力を、暮らしや社会を豊かにし、様々な課題を解決するのに役立てる取り組みが、もっと広がるといい。

 それには有能な調整役が必要だ。芸術家の創作や、文化財の研究に寄り添い、意義をわかりやすく伝える。同時に、社会のニーズを探り、文化芸術が力を発揮できる方策を考え、実践する。専門家と地域の人々、行政などを結び、有形無形の価値を生み出す。そんな仕事のできる人を、数多く育てなければならない。

 これまで一部のアート関係者や芸術家自身、文化施設の職員らが担ってきた役割だが、まだまだ人材は乏しい。活躍する環境も整っていない。

 こうした人材を育て、全国に定着させる施策こそ、文化庁の力の入れどころである。