■フセイン裁判――公正さが試される
占領が終わった市街地から米軍の戦車や装甲車両がめっきり減り、イラク人警察官の姿が目立つ。電気や水道水などのインフラもかなり回復した。
だが、限定的な主権の回復を心から喜ぶ人の声は少ない。職を失った公務員や軍人の不満は根深く、治安が悪いために、住宅の修復や建設も進まない。テロやゲリラ攻撃は相変わらずだ。
米軍もテロや衝突があれば、すぐ現れる。テロがあるから米軍が必要なのか、米軍がいるからテロが続くのか。人々は答えを出しかねている。暫定政権への期待と何が起きるかわからないという不安が、人々の心のなかで交錯している。
イラクへの主権移譲から1週間近くたったバグダッドの模様を、現地から同僚論説委員が以上のように伝えてきた。
そのバグダッドの特別法廷で、フセイン元大統領らの訴追手続きが始まった。拘束から半年ぶりに姿を見せた元大統領は、予審判事の質問に「私はイラク共和国の大統領だ」と答え、88年のクルド人虐殺や90年のクウェート侵攻など、告知された7件の容疑をすべて否認した。「すべてブッシュが仕組んだ芝居だ」と米国批判は在職中と変わらなかった。
暫定政権にとってこの手続きの開始は、イラク人の手に主権が戻り、新たなイラクの歩みが始まったことを国民に印象づける意味があるに違いない。
また、国内の反政府派や少数民族に対するフセイン政権の激しい弾圧やクウェート侵攻などは、国内法と国際法に従って厳正に裁かれるべきである。
しかし、それならなおのこと、裁判には国際社会や国民の監視に耐えうる公正さと透明性が求められる。報復が優先されたり、あいまいな事実認定があったりしてはならない。
それ以前に、この特別法廷に十分な正当性があるか、という問題もある。
法廷は米英占領下で設けられたものだ。旧政権の犯罪を本格的に裁くのは、本来なら選挙で選ばれた国民の代表によってつくられた法廷であるべきだろう。裁判の公正性を確保するために、法廷を国連と共同で運営する、中立的な外国人判事を加えるといった方法もある。
明らかにすべきは、7件の容疑に関することだけではない。フセイン政権をかつては援助したこともある米国とのかかわりや、大量破壊兵器をめぐる真相の究明もある。これらをはっきりさせることは、イラク戦争の是非を改めて考えるうえでも大きな意味を持つだろう。
国民の反応は複雑だ。元大統領の出身地では「フセイン支持」のデモがあった。米軍は駐留を続けている。裁判にも米国が関与しているに違いない、という疑念や反発のあらわれだ。
本格的な政府をつくるための選挙まで半年しかない。裁判の行方は、暫定政権が国民の幅広い支持を集めていけるかどうかにも響く。法の支配を打ち立てることは、新しい国の土台づくりでもある。暫定政権の真価が問われる。
■参院とは――第二院は切ないけれど
参院選の候補者たちは切なかろう。
「衆院のコピー」と皮肉られてきた参院だが、前の国会では、小泉首相と民主党の当時の菅直人代表がそろって二院制の見直しを主張した。今のような参院は要らないということである。
投票する方だって切ない。政治を動かすうえで、参院に衆院と違う役割があると考える人がさほどいるとは思えない。だからといって、その昔「良識の府」と呼ばれ、党派的な利害で動く衆院を優れた見識で牽制(けんせい)した「参院らしさ」への期待が消えたわけでもあるまい。
二院制は世界では少数派だが、先進国には珍しくない。第二院の性格はそれぞれの国の成り立ちを反映している。ドイツの連邦参院議員は州政府の代表。フランスの上院は地方議員らによる間接選挙で選ばれる。英国の上院は貴族院だ。
フランス革命の指導者シェイエスが「第一院と意見が一致するなら要らない。異なるなら有害だ」と述べたと言われるように、第二院不要論は昔からある。実際、上院の権限が強大な米国などを別にすれば、第二院の権限はどこも第一院より弱い。
ただ、ふたつの院がここまで似通ってしまったのは日本だけだろう。なぜか。参院が弱いからではなく、強すぎるからだというのが本当かも知れない。
例えば、衆院が通した法案を参院が否決した場合、それを成立させるには、衆院は3分の2以上の賛成で可決し直さなければならない。与党にとって高い壁だ。となれば、衆院の言うとおりに動く参院にする方が都合がいい。
しかも問題は、参院がみずからのそうした強さを生かして自立しようとしないことだ。例えば参院自民党は、党の基盤である全国的な業界や団体の利益代表という色彩が濃い。衆院と補い合って自民党を自民党たらしめているわけで、参院の独自性は生まれにくい。比例区制度の導入も、政党支配をいっそう強めることになってしまった。
参院が衆院のコピーになり、両院の間の緊張が失われれば、政策をめぐる議論は深まらず、国会は与党が数で押し切るだけの世界になる。
もっとも、弱い参院に制度を変えてコピーの呪縛から解き放ちさえすれば、まっとうな議論が生まれると期待するのも素朴に過ぎる。一院制だろうと二院制だろうと、政権交代がない国では、政治全体に緊張感が出てくるはずもない。
投票日まであと1週間。年金にせよ、イラク問題にせよ、ここは参院の強さを逆手にとり、小泉政権の3年を審判する一票を投じるしかない。
だが同時に、候補者の資質にも目をこらしたい。たんに政党の言いなりになるのでなく、自分自身の見識や世界観を持つ人。そして、参院の役割を大事にする人。そんな議員を増やせるなら、参院は捨てたものではなくなる。
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