ラグビーW杯●スポーツ天国
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 過去3回の熱戦を振り返る 

第1回(1987年) 初制覇はFWのNZ

 プロの13人制ラグビーリーグの攻勢を受けるニュージーランド(NZ)と豪州が、ラグビーの魅力維持のためにW杯構想を提案。北半球勢の反対にあいながらも、両国の共催で初の大会が実現した。優勝は、力強いFWを基盤に大会の花形WTBカーワンらバックスが走るオーソドックスなスタイルを高めたNZ。第2回開催のめどが立たず、大会自体が試行錯誤の状態だっただけに、全て招待された参加16チームの取り組み方もまちまちで、アマチュア主義がまだ色濃く残る大会。冠スポンサーは日本のKDDだった。

 ▽決勝
 ニュージーランド 29  9−0 9 フランス
             20−9

 米国     21−18 日本
 イングランド 60− 7 日本
 豪州     42−23 日本

●勝てたはずの米国戦をキッカー不在で落とした日本は、イングランドにも大敗。豪州と後半半ばまで競り合った健闘がせめてもの救いだった。


第2回(1991年) 日本チームが初勝利

 イングランド中心の欧州「5カ国」による共催。参加チームはラグビーのスタイルも問われることになった。決勝は、勝負どころでの展開力がある豪州と、大型FWの力で進出したイングランドの対戦。地元の世論からもキック主体の単調な攻めを批判されたラグビーの母国は最後の最後に積極展開に転じたが、豪州の完成度の高い守りを崩せず、栄冠は再び南半球勢の手に。大会のスターは、常人の予測を超えたプレーの豪州FBキャンピージ。商業的にも成功したW杯を中心に、世界のラグビー界は回り始めた。

 ▽決勝
 豪州 12 9−0 6 イングランド
       3−6

 スコットランド 47− 9 日本
 アイルランド  32−16 日本
 日本      52− 8 ジンバブエ

●計画的強化で力をつけた日本だが、地元で戦う伝統チームの底力には及ばず。それでも、ジンバブエから同大会最多トライを奪ってW杯初勝利をあげた。


第3回(1995年) 初参加の南ア大奮闘

 アパルトヘイト(人種隔離)政策への制裁で国際舞台から締め出されていた南アフリカが、自国開催の大会でW杯に初参加した。決勝は最大のライバル、南アとニュージーランド(NZ)の顔合わせ。史上初の延長の末、豊富な運動量で球を動かす新たなスタイルを示したNZの攻撃を南アが固い防御で抑え切り、1DG差で初優勝した。双方ノートライも決勝史上初。新生南アを示した壮大な政治ショーが幕を閉じた後、ラグビーはアマチュア主義を放棄した。NZの怪物WTBロムーは大会のみならずラグビー界の顔に。

 ▽決勝
 南アフリカ 15 9−6 12 ニュージーランド
          0−3
          延長
          3−3
          3−0

 ウェールズ     57−10 日本
 アイルランド    50−28 日本
 ニュージーランド 145−17 日本

●4年間で世界の潮流に乗り遅れた日本は、独自のスタイルを打ち出すことができずに全敗。NZには世界のラグビー史に残る惨敗を喫した。

(1999年8月14日付朝刊特集面から)

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