女たちの五輪 千葉すず●Road to Sydney


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女たちの五輪(2)千葉すず
レース中は目をつぶる。開けると遅い気がする

千葉
競技を終え、ショッピングセンターで買い物=豪・シドニー郊外のパラマタで/撮影・古川透

 シドニー郊外にあるホテルのロビー。競泳のパンパシフィック選手権を終えて、千葉すずは、つかの間のオフを迎えた。その笑顔からは、わずかな解放感が感じられる。

 インタビューは、しかし、千葉の鋭いジャブで始まった。

 「マスコミはストーリーを作りたいから、私の言葉をあてはめてお話を作るでしょ。あれ、嫌いなんです。勝手に物語を作らんとって、と思う」

 1996年のアトランタ五輪後、一度はレースから退いた。米国で子供たちに水泳を教えていた。昨年秋に練習を再開、カナダ・トロントに移り住む。6月の日本選手権で100、200メートルとも日本新記録で奇跡の復活。その間のストーリーを掘り出そうとするこちらを、見事にけん制した。

 「やめたのは、やめたかったから。楽しくなかったしね。アトランタでやめるって決めてたから。アメリカで、ちびちゃんたちを教えるのは楽しかった」

 なぜ戦いの修羅場に戻ってきたのか。問いを投げかける前に、彼女は続けた。

 「ある日、インストラクターの男の子に『君には才能があるんだから、もったいない』みたいなことを言われたんやけど、まあ、それが復帰のきっかけ。アメリカ人の言い方ってあるでしょ。同じことを日本人に言われても、やる気が起きたかどうか。いつでもやめられるって、自分で逃げ道も作ってね。2年間のブランクがあったんやから、できるわけない。できるわけないから、始めたというのがホンマですよ。ところが、1週間泳いでみて、まともに練習できる。いけるやん、ホンマに才能もったいない、みたいな感じでした。試合から離れる前は、泳がされているという感覚が確かにあった。今は自分のために泳いでる」

 そして、来年9月のシドニー五輪。また「メダル狂想曲」の渦にいや応なく巻き込まれていく。その話題に触れると、関西弁が早口になった。

 「メダルは取れるもんならね。1個でも。何色でも。やってきたかいがあるからね。でも、なんか言われたことには反発したい性格やから、メダルなんかいらん、と言うてしまう。メダルいらない人なんかいてませんよ。始まる前から言われるのが気に障る。そう、4年に一度の病気がまた始まるか、という気がしますね。普段はみんな、プロ野球とサッカーにしか興味がない。五輪になると、急にメダルと騒ぎ出す。で、水泳となると、千葉すずしか知らない。私ばっかりでどうすんねん、て思いますよ。男子の選手でも、メダルに届かなくても、すごい頑張ってるヤツがいる。その意義みたいなものを、わかってくれる人が出てきてほしいですね」

 彼女は言葉をナイフのように使う。表現をとがらせることで、見えてくるものがある。気おされた男たちは「わがまま」のレッテルを千葉すずに張り、自らを守ろうとする。バルセロナ、アトランタと、マスコミにつぶされたという思いが、彼女にあるだろうか。

 「そんなことないです。でも、そう言うた方が早いからね。マスコミの言うことなんか、耳に入ってないですよ。わがままやと言われようと、なんとも思えへん。一人の人が私をずっと見てて言うんならね。コロコロ担当変わって、書き逃げするのはね。知らない人に限って言う。無責任やと思う。まあ、ほめられるのも嫌いやから、ええけどね。ただ、水泳のことをわかってなくて無責任に書かれるのは、悔しいです。こいつ、全然わかってへん、と思いますよ。会社のローテーションで長く担当できないのもわかります。人事異動の結果やから。それで、ただ仕事をこなすだけの人が来る。押しつけがくる。なすりつけられる。そりゃあ、反抗しますよ。私だけが悪いのん? まあ、母親は、マスコミとこうなるのは、昔からわかってたと言いますけど。私は上2人が兄貴で、男みたいでしたからね。マスコミとの関係で私が変わったんじゃなくて、生まれた時からこうやった、と母親は言います」

 アスリートの中で、ここまで本音を包み隠さない女性をほかに知らない。それなのに、試合後の短いインタビューでは、実にそっけない。例えば、競ったレースで、競り合いになったことに触れようとすると、「知らんかった」の一言で片づける。なぜか? の問いに、笑って答えた。

 「ああ、それはレース中、私が目をつぶってるからです。息継ぎの時は開けますが、水中ではつぶってる。だから、ほかのコースのことは、わからへん」

 意外な事実だった。

 「そう、私だけかもしれませんけどね。目を開けると遅く進んでる気がする。目をつぶった方が感覚が研ぎ澄まされるんです」

 天才が持つ独特の感覚だというしかない。試合後の数分でそれを言葉にしろ、というのは、確かに無理な注文だ。

 「でも、あかん時は何をしてもあきませんね。自分でも、この競技に向いてないと思うこともあります。一度あかんと思ったら、その大会中に立て直せないんです。水から上がったら、気が強いですけど、レース中、気が強いかと言われれば、違うかもしれへん。ホンマに向いてないかもしれません」

 強烈な自我と繊細さ。それが千葉すずの強烈な魅力を形作っている。幼いころから、変わっていない、と彼女は言う。

 「小学校からホンマにアホやったですよ。学校は死ぬほど嫌い。規則が嫌いなわけじゃない。規則は守ったことがないから、私には最初から関係ない。勉強が嫌。小学校で何百枚零点もらったか。テストで、『はい、始め』と言われてもねえ。『だれだれ君がどこそこまで行くのに何分かかったでしょう』。そんなん知るかって感じですね。作文だけは得意でしたね。何を書いてもよかったから。『うんこ』の作文書いてほめられた覚えがあります。高校でも、勉強せえへんかったねえ。数学は『こんなん、生きていく上で絶対必要ない』と宣言して、教科書もあけんかった。英語も全然、勉強せんかったですよ。先生は『お前は将来使うんやから』とか言うんですけど、『こんな言い方絶対せえへん』と反抗してました。だから、なんにも入ってない分、アメリカに行って、英語覚えるの、早かったですよ。辞書もなんにも使わんかった」

 その英語を不自由なく使いこなし、五輪3大会連続出場のジャネット・エバンスを育てたバッド・マカリスターコーチのもとカナダ・トロント郊外でトレーニングを続ける。やはりシドニー五輪メダル候補となるバタフライの山本貴司(近大)も同じプールで練習している。

 「バッドとは、お互いに強い信頼関係がある。でも、いまだに私は機嫌が悪くなったら、どうしようもないですね。わかってて、八つ当たりする。そういう時、下手にさからったら、けがしますよ。そっとしといてもらうと、そのうち直る。まあ、山本貴司は、調度いい八つ当たりの対象ですね。グウで殴ってますから」

 海外での生活が、千葉すずをより千葉すずらしく輝かせている。シドニー五輪までトロントでの生活を続ける。五輪後には、どういう人生が待っているのか。

 「わかりません。考える必要もないと思う。パンパシフィック選手権の成績は、納得してない。このままやったら、同じことの繰り返し。欠けてるところを強くして……。とにかく、シドニーです」

 ひとみの輝きが、さらに増した。(編集委員・西村欣也)

<10月16日付朝刊から>

<競泳:パンパシフィック選手権>

<女たちの五輪インデックス>

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