第2回 原発性の乳癌に対する治療の考え方
京都大学大学院医学研究科外科学講座乳腺外科学分野教授
戸井 雅和
乳癌治療における基本コンセプトは‘分けて考える’と‘組み合わせる’です。
乳房にできる癌としてみれば乳癌は一種類の癌ですが、性格はそれぞれの癌によって随分異なります。発育の速い癌もあれば、遅い癌もあり、転移しやすい癌もあれば必ずしもそうでない癌もあります。従って、乳癌の特性にあわせて個別に治療法を考えることが大切です。
乳癌の特性とはどのようなものでしょうか。
第一は女性ホルモン依存性です。乳癌は女性ホルモンへの依存性が強く、女性ホルモンがなければ発生は著しく減ります。たとえば、男性乳癌の発生率は女性の乳癌の1/100から1/200です。女性ホルモンは女性の最も大切なホルモンですが、乳癌の発生、増殖を進めるように作用します。その作用はホルモンに対する受容体を介して誘導されます。
発生する乳癌全体の約7割が、ホルモン受容体をもっている、女性ホルモン依存性の乳癌です。女性ホルモン、中でもエストロゲン(※1)の作用をとめたり、エストロゲンの産生をとめると癌の発育に影響が出るのでホルモン感受性乳癌という言い方もされます。
残りの3割の乳癌は、ホルモン受容体を発現していません。女性ホルモン依存性がなく、ホルモン療法は多くの場合無効です。これらの乳癌は元来、ホルモン受容体陰性の細胞から発生したか、発育の過程でホルモン受容体を失ったか、いずれかと考えられています。
次に、重要と考えられる乳癌の特性は癌遺伝子HER2(ハーツー)の発現です。HER2陽性の乳癌は増殖が速く、全身に転移しやすい性格をもっています。乳癌全体の約2割がHER2陽性です。乳癌細胞の増殖にHER2を含むHER ファミリーの発現は特別に重要であり、HER2/HERファミリーの阻害は治療に直結します。
第3のグループはホルモン受容体もHER2も陰性の乳癌です。このグループは様々なサブグループを含みます。基底細胞タイプと呼ばれる乳癌、家族性乳癌遺伝子BRCAの異常を伴う乳癌などがこのグループに含まれます。ホルモンやHER2のような強力なドライバー(※2)はなく、したがって、治療戦略もまた各サブグループごとに考慮する傾向にあります。

ホルモン受容体とHER2の発現の頻度・分布をみると図1のようになります。ホルモン受容体陽性でかつHER2陰性の乳癌の割合が最も高く、全体の6割を超します。HER2陽性の乳癌とホルモン受容体もHER2も陰性の乳癌の頻度がほぼ同程度です(統計は2004年日本乳癌学会乳がん登録データによる)。
これら4つのグループ分けは治療法選択に直結します。既に述べてきたように、ホルモン受容体陽性であればホルモン療法を、HER2陽性ならトラスツズマブ(ハーセプチン(R))等の抗HER2療法を選択します。ホルモン受容体陰性、HER2陰性乳癌に対する選択的な治療法はいまだ確立されておらず、抗癌剤(化学療法)を考慮します。ホルモン療法は通常5年間以上、抗HER2療法も1年間以上にわたり行います。
さて、乳癌の特性に関する評価は、ホルモン受容体とHER2に加え、組織学的悪性度、リンパ節転移、血管やリンパ管への浸潤性の程度、また発症年齢等についても行われます。化学療法の適応、レジメの選択、投与期間等はこれらの因子の総合的評価を基に考慮しますし、治療のタイミング、例えば薬物療法を術前に行うかあるいは術後に行うか、あるいは主要な治療法間の組み合わせにも大きな影響を与えます。
乳癌の特性分析は、乳癌の個性(性格)を分割して考える上で必須です。同時に治療法間の組み合わせを考慮する上で最も重要な要素になっています。最近の原発性乳癌の治療における最大の進歩のひとつは、この治療の個別化と集学的な治療をひとつの座標軸において実施できるようになったことです。
※1エストロゲン:中心的な役割を担う女性ホルモン
※2ドライバー:主軸

