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(新ポリティカにっぽん)「人格力の政治」どこへ消えた

写真:就任後初めての記者会見をする村山富市首相。隣は五十嵐広三官房長官=1994年7月拡大就任後初めての記者会見をする村山富市首相。隣は五十嵐広三官房長官=1994年7月

写真:早野透(はやの・とおる) 1945年生まれ、神奈川県出身。68年に朝日新聞に入社し、74年に政治部。編集委員、コラムニストを務め、自民党政権を中心に歴代政権を取材。10年3月に退社し、同年4月から桜美林大学教授。著書に「田中角栄 戦後日本の悲しき自画像」など=安冨良弘撮影拡大早野透(はやの・とおる) 1945年生まれ、神奈川県出身。68年に朝日新聞に入社し、74年に政治部。編集委員、コラムニストを務め、自民党政権を中心に歴代政権を取材。10年3月に退社し、同年4月から桜美林大学教授。著書に「田中角栄 戦後日本の悲しき自画像」など=安冨良弘撮影

 いつのころからだったか、北海道在住の五十嵐広三さんと年賀状をやりとりするようになって、以来、ずっとご夫婦連名の年賀状をいただいていた。旭川市長から社会党の衆院議員、建設相、村山内閣の官房長官を務めた人である。その五十嵐さんが5月に亡くなり、6月14日、私は行くことはできなかったが、旭川市で追悼会が開かれた。

 そこで村山富市元首相は、あの「村山談話」をつくったときの苦労を語りつつ、「五十嵐さんの全人格の投入がなければ、戦後50年の内閣の使命を果たしきれなかった」と弔辞を述べたそうである。五十嵐さんはほんとに温厚で誠実な人で、私は尊敬していた。五十嵐さんの人格力がなければ、あのときの「自社さ」政権、すなわち社会党委員長の村山さんを首相にかついで自民党と新党さきがけが連立を組むという複雑な政権の調整は、とうていできなかっただろう。

■自民党重鎮たちも支持した村山談話

 1995年8月15日、敗戦から50年たった時点で、日本は世界に、とりわけアジアにどう発信するか、村山内閣苦心の作がいわゆる「村山談話」である。いま読み返してみても、その文章のやさしく、そして真摯(しんし)な思いに感動する。

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