■みんな・渡辺喜美代表
参院選特集ページはこちら渡辺喜美は10日、福岡・天神の街頭に立った。
「4年前、たった1人で自民党を離党した。当時『日干しになるぞ』と言われたが、どうでしょうか。みんなの党はしがらみがないからこそ、思い切った改革が出来るんです」
渡辺は2009年、自民党を離党し、みんなの党を結党した。以来、週末には全国を飛び回る。「自民党を飛び出した時の気持ちを忘れないため、自ら課している。休もうなんて思わない」。国会議員5人の小政党は3回の国政選挙を経て、31人に増えた。
6月の東京都議選でも1議席から7議席に躍進。党所属の地方議員は300人を超えた。「おやじに出来なかったことがある。それが新党なんだ」。渡辺は志半ばで病に倒れた父、美智雄を強く意識している。
父親譲りの語り口に独特の髪形。ネット発信にも前向きと見られがちだが、フェイスブックもツイッターも消極的だ。「マシンガンツイートはしねえんだ。言葉には言霊(ことだま)がある」。渡辺の姿勢には失言で苦労した父への思いが重なる。
88年、自民党政調会長だった美智雄は「黒人は破産しても平気、アッケラカーのカーだ」と発言し、謝罪に追い込まれた。秘書だった渡辺に米テネシー州にある黒人のための医学校に寄付をするよう指示した。5年間で計5千万円。亡くなるまで公にしなかった。
渡辺はいま「あれが本当の失言の対応の仕方」と振り返る。議員会館の自室には父の13回忌を機に自ら監修した「ミッチー語録」が置かれている。「俺にとって父が失言フィルター。だから失言しないんだ」
結党4年。この間の政治状況は激しく変わった。
渡辺は結党時、自民、民主の2大政党について「エセ二大政党制を整理整頓し、政界大再編を目指す」と訴え、存在感を発揮。だが、昨年の衆院選で第三極の主役を日本維新の会に奪われた。連携を模索した橋下徹共同代表とは疎遠になり、従軍慰安婦発言で決別した。最近は自民、維新とともに「改憲勢力」と単純にくくられることを嫌う。
参院選が終われば、野党再編に向けた動きが活発化するのは不可避だ。再編について「反射神経で動く」とはぐらかす渡辺が、選挙後、どんな役回りを演じるのか。渡辺は言う。
「いつも、おやじだったらどうするかって考える。そうすると自然に答えが出て来るんだ」
=敬称略(明楽麻子)
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■生まれ:栃木県西那須野町(現・那須塩原市)
■出身校:早稲田大政治経済学部、中央大法学部卒
■家族:妻と2男1女
■趣味:散歩
■ネット力:党のツイッターのフォロワー数は6万3451人(10日午後5時現在)
■歩み
1980年 父・美智雄氏の秘書に
95年 美智雄氏死去
96年 衆院初当選
2006年 第1次安倍内閣で行政改革担当相
2009年 自民党離党、みんなの党結党
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朝日新聞官邸クラブ