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南極観測、次の半世紀へ 昭和基地50年

2007年01月28日

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南極・オングル島に上陸し、日の丸を揚げて昭和基地開設を宣言する=57年1月29日、朝日新聞記者・高木四郎撮影

 1957年1月29日。第1次南極観測隊は、南極大陸を4キロ先に望むオングル島に上陸し、「昭和基地開設」を宣言した。それから半世紀。総勢1693人を数える日本隊は数々の成果を上げた。オゾンホールの発見、南極・北極でのオーロラ同時観測。南極で採集した隕石(いんせき)は1万6200個と世界一を誇る。これから南極プロジェクトはどこに向かうのか。そのカギは国際交流と基地の開放だ。

 観測隊を派遣する国立極地研究所の白石和行教授は「必要な人が必要な期間行ける手だてを」と輸送手段の変革を期待する。

 これまで観測隊は輸送に苦労してきた。昭和基地は小島の上にあり飛行場がつくれない。砕氷船が1年に1往復し、夏隊と越冬隊が観測するパターンは50年変わっていない。最短の夏隊でも出発して4カ月は帰れない。

 この問題を解決するため、11カ国でチャーター便を飛ばす事業が03年に始まった。26日に終えた氷の掘削事業でも、昭和基地から1000キロ離れた内陸のドームふじ基地への隊員輸送に力を発揮した。

 ほかにも、今の48次隊では、昭和基地近くにドイツ隊が来て共同観測し、ベルギー人研究者が生物観測に参加するなど、航空機利用での国際的な研究交流も進んだ。

 さらに、観測船と航空便を組み合わせれば南極に出入りする機会が増え、期間短縮も可能になる。49次隊は、こうした方法によりさまざまな計画を考えている。ベルギー隊との地質調査や、スウェーデン隊と大陸未踏の2000キロを雪上車で走破することにしている。

 交流だけではない。極地研の藤井理行所長は「基地も開放したい」という。観測隊に属さない研究機関や外国人研究者にも利用してもらう「開かれた南極」の発想だ。

 藤井所長は「従来の分野を脱した新たな発想が必要」と話す。例えば、宇宙観測だ。大気の揺らぎが少ない南極大陸の内陸は天体観測に適している。カミオカンデのような素粒子観測装置や天文台をつくってみたいという人もいるという。

 初代越冬隊の西堀栄三郎隊長の口癖は「やってみなはれ」。これからの南極新時代。「今こそ、それを思い出すときだ」

【南極観測50年の主な出来事】

1956年11月 1次隊が観測船「宗谷」で出発

   57年1月 昭和基地開設。越冬開始

   59年 樺太犬タロ・ジロの生存確認。南極条約に署名

   65年 2代目観測船「ふじ」就航

   68年12月 雪上車で南極点到達

   69年 やまと山脈で隕石発見

   70〜85年 ロケットによるオーロラ観測

   82年 オゾンホールを発見

   83年 3代目観測船「しらせ」就航

   87年 初の女性隊員、29次夏隊に参加

   95年 ドームふじ観測拠点(後に基地)開設

   04年 昭和基地で高速データ通信が可能になる

   07年 ドームふじ基地で3035メートルの氷を掘削



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