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コロナ危機で変わる社会

「幸せ」を量産する企業へ トヨタ自動車、コロナ禍で加速したSDGsへの取り組み

「幸せ」を量産する企業へ トヨタ自動車、コロナ禍で加速したSDGsへの取り組み
飛沫感染対策車両を10日間でつくり上げた技術者たち(提供写真)

新型コロナウイルスの感染拡大が進んでいた5月12日。トヨタ自動車の2020年3月期の決算説明会は、初めてのオンライン会見となった。だが、「初」だったのはそれだけではない。

豊田章男社長は「『誰ひとり取り残さない』という姿勢で国際社会が目指しているSDGs、持続的な開発目標に本気で取り組む」と宣言し、公の場で初めて「SDGs」という言葉を口にした。画面上に並んだ豊田社長ら3人の経営陣たちのスーツの襟には、17色に彩られたSDGsバッジが輝いていた。これも初めてだった。

金融市場やメディアが話題にしたのは、トヨタが21年3月期に大幅減益となり、営業利益が5000億円に落ち込むことだった。だが、コロナの猛威が世界を脅かす中で豊田社長が伝えたかったことは、別にあった。会社としての使命だ。世界中の人たちが幸せになるモノやサービスを提供すること、すなわち「幸せを量産する」ことの大切さだった。

「世界中で自分以外の誰かの幸せを願い、行動することができるトヨタパーソンを育てる。私流にいえば『Youの視点』を持った人財を育てることです」と言葉に力を込めた。伏線はあった。

昨年6月、SDGsを担当するサステナビリティ推進室が新設され、今年2月には早川茂副会長(経団連副会長)がチーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)に、大塚友美フェローがDeputy(副)CSOに就任した。SDGsに本格的に取り組むためのエンジンが整った。早川副会長は「決算発表や株主総会といった場で経営トップがSDGsに触れたのは、会社が大きく変わるというメッセージ。トヨタにとって今年はSDGs出発の年です」と語る。

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原点は創業の精神に

17の目標を掲げるSDGsに、トヨタがこれまで取り組んでこなかったわけではない。むしろ自動車産業が長年取り組んでいる環境車の開発と交通事故ゼロへの挑戦は、現代社会が抱える社会課題であり、SDGsそのものだ。現在、世界中の自動車メーカーがしのぎを削る電動車や自動運転車の開発にも、トヨタは力を入れている。

トヨタの祖業である自動織機を発明した豊田佐吉の出発点は、機織り作業で苦労する母親を楽にしてあげたいという思いだった。今も受け継がれる創業の精神「豊田綱領」には、「産業報国」が掲げられている。G1型トラックの発表を翌月に控えた1935年10月に、豊田喜一郎らが発案したものだ。喜一郎は自動車産業を興し、社会経済の発展に寄与するという志を綱領に織り込んだ。

今、豊田社長が強調する「Youの視点」は、豊田綱領の精神を現代風に言い換えたものだと言える。早川副会長は「ずっと地道に取り組んできたことを『SDGs』という世の中の共通言語を使って、さらに従業員一人ひとりの考え方に浸透させようとしているのです」と言う。

コロナ禍はこうした取り組みを加速させる役割を果たす格好となった。感染者の増加で企業行動も家庭生活も制限され、社会全体が持続性を失いかねない状態に陥ったからだ。大塚フェローは豊田社長のアドバイスで「モノづくり企業として何ができるかを生活者の視点、『Youの視点』で考えることがSDGs」と説明し、トヨタ社内だけでなくグループ内での連携の旗振り役を担った。

自発的に動いた現場

名古屋の国内業務部には製薬会社から転じた松浦由美子室長がいた。3月下旬、松浦さんは前職でお世話になった昭和大学病院の相良博典院長に「トヨタにできることはないですか?」と聞いてみた。相良院長の答えは「感染者を運ぶドライバーが危険にさらされている。後部座席の空気が運転席に入らないクルマがあれば助かる」というものだった。

松浦さんから相良院長の話を聞いた上司が技術部に医療現場の苦境を知らせ、「ぜひやりましょう」と即座に開発が決まったという。

担当者が相良院長と会い、医療現場の実情や要望を聞いたのは4月1日。試行錯誤しながら、10日には試作車2台を昭和大学病院に納車した。わずか10日で仕上げる素早さだった。

全国の販売店網も続いた。トヨタは以前から「町いちばんのお店づくり」を目指している。販売店が地域の困りごとを解決する拠点になるという取り組みだ。コロナ感染患者を安全に搬送する車両は、どの地域でも必要だ。販売店が地元の医療機関の意向を聞き、飛沫(ひまつ)感染対策車両を自主的につくって提供し始めた。昭和大学病院への提供事例を横展開した格好で、6月末時点での提供台数は、全国で300台に達している。

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納車された車両を囲む昭和大学病院関係者(提供写真)
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米国の事業所が生産した医療用フェースシールドの提供を受けたシカゴの病院で働く医師ら。お礼に写真を送ってきた(提供写真)

北米トヨタからは3月末にフェースシールドを作るという連絡が豊田市のモノづくり開発センターに入ってきた。それを受けてトヨタの国内工場でも生産が始まり、グループ会社にもその動きが広がった。顧客にいちばん近いところにいる現場の人たちが良いことだと判断すれば即断、即決、実行する。「『そんな話、聞いていない』と言うような幹部は、失格です」(早川副会長)。そんな風土が、グループ内に広がりつつある。

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SDGs推進の責任者(CSO)を務める早川茂副会長(左)とNo.2の大塚友美氏
(撮影・村上宗一郎)

トヨタが「もっといいクルマ」と「いい町・いい社会」づくりを目指すグローバルビジョンを発表したのは2011年3月。それ以来、豊田社長は「世界中の人々から頼りにされ、必要とされる企業にしたいという一心で経営のかじ取りをしてきた」と言う。その思いはSDGsの活動強化につながり、コロナ禍で進化している。

(取材・安井孝之)

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