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釜石市での企業によるSDGsまちづくり支援を考える(上)ビジネスパーソンのためのSDGs講座【6】

釜石市での企業によるSDGsまちづくり支援を考える(上)ビジネスパーソンのためのSDGs講座【6】
横田アソシエイツ代表取締役/横田浩一

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横田浩一(よこた・こういち)
慶応義塾大大学院特任教授。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。

東日本大震災後、多くの企業やその社員が復興支援に携わった。そして10年間の過程において、企業やボランティアに求められる役割も変化した。マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへ。そしてハードからソフトへ。企業はこの10年間、どのように地域で活動し、協力したのか。筆者が地方創生アドバイザーを務める岩手県釜石市におけるケースから、企業の社会貢献や復興支援の役割とは何かを考えてみる。

「あの日」から10年

釜石出身の寺崎幸季さん(慶応義塾大学総合政策学部3年)は震災当時、小学6年生だった。2011年3月11日の地震発生時、釜石港で友達と魚釣りをしていた。その後、近くのビルにいた大人から「そこにいろ」と言われたが、祖母や母の話、学校で教わっていたことから「津波が来る」と思い、全員で近くの高台にある避難道に逃げた。

その後、そこから見た津波が街を襲う景色は「まるで大きな洗濯機が回っている感じで、じっと見ていました。水は真っ黒でした」。自宅は半壊、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるなど、大変な時代を過ごした。あの時から、この10年はあっという間だった、思い出したくはないけれど、いつでもあの日にすぐ記憶を戻せる感じがするという。

震災前までは釜石のことが嫌いだったそうだ。大人たちが「自分の街は何もない」と地元のことを良く言わなかったことが原因だった。祖母が経営するスナックが遊び場だった寺崎さんは、子どものころから酔っぱらった大人の本音をよく聞いていた。高校を卒業したら早く街を出ていきたいと思っていた。

しかし、震災後、大人たちは復興という目標を見つけて変わった。そこへ、ボランティアに来てくれた人や企業が知恵や力や寄付を提供してくれた。市外の人が来てくれて、励ましてくれて、お金を使ってくれたことがエネルギーになった。

中学、高校時代に企業を動かす

寺崎さんも自らの発案で中学生の時に吉本興業に手紙を書き、自ら交渉して避難所の体育館で吉本興業の芸人によるライブを実現した。さらに東急グループの支援を得て「渋谷109釜石」というショップを開き、ファッションショーを催した。いずれも、日々の生活が大変な時期に、被災者に非日常を提供して笑ってもらうことができた。

そして、復興支援で釜石に来ていたアーティストの日比野克彦さん(東京芸術大学教授)に自らアポを取って、ハートマークをあしらったマグネットシートを仮設住宅の壁に貼るというマグネットぬりえプロジェクトを提案し、共同で実行した。自分たちが住む仮設住宅のことを周囲の人は誰も自分の家と言わないので、灰色の壁をマグネットアートできれいに飾れば、愛着を持つようになるのではないかと考えたのだ。

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多目的集会室「チームスマイル釜石PIT」がある釜石情報交流センターの壁面のマグネットアートについて、東京から来た高校生に説明する寺崎幸季さん(横田浩一撮影)
UBSの取り組み

寺崎さんのプロジェクトだけでも多くの企業が様々な形で震災復興を支援したが、釜石において特に長期かつ社会的インパクトを生む企業の一つが、スイスに本拠を置く金融大手のUBSだ。

社員と会社のマッチングによる約4億円にのぼる寄付金を元に、一般社団法人「RCF」と協働で釜石に常駐の専門スタッフを複数人置いた。同時に1000人を超える社員ボランティアが現地で積極的に活動し、夏祭り「釜石よいさ」の復活、車いすも上れる「避難道づくり」、釜石市内の二つの高校を対象にしたキャリア教育「釜石コンパス」など、地域の人々と寄り添い、人を力づけ育むプロジェクトを進めてきた。

UBSのアジア太平洋地域におけるCSR・社会貢献活動を統括する堀久美子さんは、「復興支援を長期の視点での持続可能なまちづくりと考え、市民一人ひとりの主体性が促進され、性別や年齢などにかかわらず多様な人材が活躍し、共感と寛容性をもって開かれた『オープンシティ釜石』を目指しました。そのためには、人々から選ばれる社会的価値と事業を創出する人材の育成が必須と考え、『釜石コンパス』をはじめ地域の可能性を最大限ひらく取り組みに注力しました」と話す。

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「釜石コンパス」で授業をするUBSの堀久美子さん(写真右、UBS提供)
「釜石コンパス」から学んだ活動

高橋奈那さん(静岡大学地域創造学環1年)は釜石高校在学中に釜石コンパスの授業を受けた。

「UBSの方や地域の大人と話をして、自分は釜石のことを何も知らないと感じました。そして、高校生だけでなく、中学生にもこのようなプログラムがあったらと考え、一般社団法人『三陸ひとつなぎ自然学校』の方々と夢探しプロジェクトを立ち上げ、イベントなどを行いました」

夢探しプロジェクトとは、地元の中学生が市役所や市民、大学生などボランティアと話をするイベントで、高校生が主催する。高橋さんは活動する中で会った大人の温かさに触れ、地元が好きになったという。

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夢探しプロジェクトで中学生と話をする高橋奈那さん(高橋さん提供)

釜石市オープンシティ推進室の石井重成室長は「本当に多くの企業の方に多くのご支援をいただきました。その中でもUBSさんは本気で多くの社員の方が多くのプロジェクトに得がたい時間と専門性を使って支援してくださいました。それは今も続いています。そして時には市役所に厳しい叱咤激励をしてくださり、まるで釜石市の社外取締役のような存在です」と語る。

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釜石を訪れた慶応義塾大学の学生に復興の戦略を説明する釜石市オープンシティ推進室の石井重成室長(中央奥、横田浩一撮影)

石井さんは震災後、復興に関わりたいと東京の外資系コンサルティング会社から転職してきた。その職歴や人脈を生かし、企業との連携を推進する職員だ。

(下に続く。)

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