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健常者が「自分事」ととらえれば、社会は変わる 栗栖良依さんインタビュー

健常者が「自分事」ととらえれば、社会は変わる 栗栖良依さんインタビュー
撮影・朝日教之
東京2020パラリンピック競技大会 開会式ステージアドバイザー、NPO法人「スローレーベル」代表/栗栖良依

栗栖 良依(くりす・よしえ)
1977年東京生まれ。障害者の社会参加に取り組むNPO法人「スローレーベル(SLOW LABEL)」代表で、演出ディレクター。自らも2010年に骨肉腫を発症し、右下肢機能全廃に。翌年スローレーベルを設立した。16年リオ・パラリンピック閉会式のステージアドバイザー。東京2020パラリンピック競技大会 開会式ステージアドバイザー。

東京オリンピックに次いで、パラリンピックが24日開幕した。12日間にわたり障害がある人たちの競技が繰り広げられる。障害者の社会参加の活動に長年取り組み、今大会の開会式でステージアドバイザーを務めた栗栖良依さんは、古い価値観や仕組みを「破壊」する力をオリンピック・パラリンピックに期待する。そして、健常者の側が多くの「気づき」を得ることで社会が変わっていくと言う。自らも右足に障害がある栗栖さんに、その思いを聞いた。(聞き手 編集部・金本裕司)

「多様性と調和」のコンセプトに添えたか?

――栗栖さんは、5年前のリオ・パラリンピック閉会式の旗引き継ぎ式に続き、今大会の開会式でもステージアドバイザーを務められました。東京でオリンピック・パラリンピックが開催されることをどう評価されていますか。

子どものころからオリンピックに興味があり、障害者になってからはパラリンピックにも興味を持ちました。オリンピック・パラリンピックは破壊力のあるイベントで、破壊と創造がセットになっています。新型コロナにより歓迎ムードだけではなく、批判的な声があるのも承知の上で、古い価値観や古い仕組みを壊してアップデートする力がある大会が日本で開催されることを歓迎しています。

(リオ以降の)この5年間、本当にオリンピック・パラリンピックをやるべきか、やめた方がいいのではないかと何度も考えました。コロナの問題もありますが、オリンピック・パラリンピックは、誰のための活動だろう、本当に平和のための活動だろうかと思ったこともありました。しかし、こうして開催されてみると、思っていたような破壊力はやはりあったと思います。古い価値観や社会の古い慣習をことごとく指摘する役割は果たせたと思います。

――「古い価値観、古い慣習」というのは具体的にどのようなことでしょうか。

今回の大会は「多様性」や「調和」をテーマとして打ち出していますが、あまり多様性は感じられませんでした。組織の構成とか、物事の決め方とか、非常に古いやり方で、日本の遅れている部分があふれ出したと思っています。

<東京オリンピック・パラリンピック「3つの基本コンセプト」>

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(東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会HPから)

悪気なく行われていることが差別的に

――この大会に限らず、日本社会のこういうところを変えたいという点はどこでしょうか。

日本はたとえば女性や障害者、マイノリティーをあからさまに差別することはないと思います。しかし、日本の社会は未熟な面があり、悪気なく行われていることが、国際社会では差別的だと見られていることがたくさんあります。

――大会はそういう問題点を顕在化させる効果があるということですね。

会場をバリアフリーにしているつもりでも、動線で考えてみると、車いすの人や足に障害がある人にとっては使いやすい形になっていない。造っている人が障害のない人たちなので気づかない。大会をやることで、いままで気づかなかったことに気づくきっかけになると思います。

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撮影・朝日教之

――栗栖さんは、「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」(注1)などアート分野にも長く関わってこられましたが、障害がある人にとって、アートに取り組むことと体を使う活動に取り組むことは、どんな違いがありますか。

アートの中でも、絵画など物づくりに取り組むのと、ダンスとかパフォーマンスとか身体表現をするのは全然違います。極端にいえば美術作品は施設や家の中にこもって作り、作品だけを外に持っていくこともできます。しかし、身体表現の場合は、作品を見せようとすると本人が外に出て、見せなければいけない。人の移動には、アクセシビリティー(※障害者や高齢者が利用しやすい環境)を整える必要があり、難易度が大きく違います。

(注1)障害者と様々な分野のアーティストが協働して、作品を創作し、パフォーマンスなどを発表するプロジェクト。現代アートの国際展「ヨコハマトリエンナーレ」と対をなす「もうひとつ(パラ)」のトリエンナーレとして、2014年から20年まで、3年に1度、横浜市で開催された。栗栖さんが総合ディレクターを務めた。

健常者は「介助」でなく「伴奏」する役割を

――パラトリエンナーレでもソーシャルサーカス(注2)でも、「アカンパニスト」という役割が非常に重視されています。日本語では「伴奏者」と呼んでおられますが、障害者を「介助」するのではないのですね。

ピアノを二人で弾く、連弾を想像してもらえばいいと思います。介助ではなく、連弾のように伴奏するスペシャリストです。障害者の施設に行ってみると、刺繡(ししゅう)などレベルの高い作品を生み出す方がいます。そういう施設には必ず、クリエーティブな職員さんがいるのです。障害のある人をアシストしたり、さりげなくフォローしたりする人が重要です。

障害のある人がそういう職員とコンビを組むと、すばらしいものを生み出すのです。ただ、そんなクリエーティブな職員はどこの施設にもいるわけではありません。そういう能力のある人を育てなければいけないという思いがありました。アカンパニストという役割を作ったのはそんな考えからでした。

社会は障害のある人に、「頑張れ」と促しがちですが、私は障害のない人が、障害のある人の特技とか個性を引き出していくことが大切だと思います。障害者を生かせる人材が増えれば増えるほど、社会は豊かになり、面白いものがもっと出てくると考えています。その役割をするのがアカンパニストです。アートやスポーツにとどまらず、物づくりの現場とか、仕事の現場でも求められているものだと思います。

障害者の能力を引き出し、すばらしいものに変化させて社会に還元する。そこには創造力と想像力が求められるのですが、日本社会では健常者にそういう部分が欠落しています。私は、見直すべきは健常と呼ばれる側で、社会の課題だと思っています。

パラリンピックが行われることで、「共生社会」という考え方や障害にスポットが当たり、報道などで目にとまる機会が増えることがよいことだと思います。

(注2)障害のある人もない人も、みんなが一緒にサーカスの練習をし、技術を習得することを通じて、信頼関係を深め、協調性や自尊心、問題解決能力を育てようという活動。日本では2年前からスローレーベルが取り組んでいる。

共同体験が次の社会への一歩につながる

――今回のような大会があれば、健常者の側も気づきはあると思いますが、一過性になってしまう気もします。

自分事になっていないのだと思います。そういう障害がある人もいるんだ、というような他人事のうちは変わらないと思います。見聞きするだけではなく、体を使って、アクションが伴わないと自分事にはならないので、そういう機会を作っていきたい。

オリンピック・パラリンピックはコロナがなければもっと多くの人がボランティア活動に参加したり、見に行ったりできたでしょう。障害のある人とない人が共同体験をし、成功体験を共有することが、次の社会への一歩になると思います。自粛で、最小限にとどめなければならなかったのは残念でした。制約がある中でも、やれたことは少なからずあったと思っています。

――共生社会のために何をしなければいけませんか。

障害のある人がもっと街に出ていけばいいと思います。出ていかなければ触れ合う機会もないわけで、逆に出ていくためには環境を整えないといけない。そこはニワトリと卵みたいな関係にありますが、障害者も頑張って出ていけばそこに、アクセシビリティーの課題が見えてくると思います。

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撮影・朝日教之

健常者自身のために優しい社会を

――栗栖さんは10年前に「右下肢機能全廃」になられました。。障害者になって初めて気づいたこと、分かったことなどはありますか。

 私は障害者になる前の方が、精神的には生きづらかったと思っています。同調圧力がすごくある国で、人と同じじゃなきゃいけないという圧力があります。私も健常者の時は、人に合わせなければいけないと思ったし、人からの評価も気にしていました。でも障害者になって、物理的に人と同じことができなくなって開き直れました。移動が困難で、走れないなど不便は増えていますが、気持ちの面では自由になれました。

健常者に声を大にして言いたいのは、健常者こそ生きづらさを感じているのではありませんか、ということです。生きづらさはマイノリティーの問題だと思われていますが、健常者といわれる人たちだって、頑張って、無理して人に合わせて生きている人がたくさんいるでしょう。自殺率の高さとか、うつを抱えている人の多さとかを考えても分かると思います。

マイノリティーが生きやすい社会にすることが、結果的に自分たちを救うことになる。障害者のために社会を優しくするのではなくて、自分たちのために社会を優しくするのです。誰かに優しくすることは、巡り巡って誰かに優しくされることで自分に返ってくる。それは、私が健常者と障害者の両方を体験しているので分かることかなと思います。

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東京・池袋で行われたソーシャルサーカスで挨拶する栗栖さん=2021年4月24日、撮影・朝日教之

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