オリパラの年に見送られたLGBT法案 理念は企業や自治体に浸透している ビジネスパーソンのためのSDGs講座【13】


慶応義塾大大学院特任教授。一般社団法人アンカー代表理事。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
「多様性」の尊重を掲げるオリンピック・パラリンピックの年に、残念ながらLGBT法案(LGBTなど性的少数者をめぐる「理解増進」法案)の成立は見送られた。しかし大企業を中心とした企業のLGBTへの理解や取り組みは少しずつ進んでいる。差別禁止を順守し、福利厚生などでも対応する「LGBTフレンドリー企業」やLGBT宣言をする企業が増加している。自らトランスジェンダーとして悩み、その体験からLGBTをサポートするNPO法人「ReBit」(リビット)を設立し、企業へのコンサルティングなどをしている藥師実芳(やくし・みか)さんに、企業の取り組みの現状と課題を聞いた。

高校2年生でカミングアウト
藥師実芳さんは、体は女性だが、性自認は男性であるトランスジェンダーだ。高校2年生の時にカミングアウト。自分の性のあり方を泣きながら友達に話したら「やっくんはやっくんだから、いいじゃん」と言ってくれた。それまで性別に違和感がありながらも約10年間だれにも言えず、自分で自分のことを否定し、「正しい情報や、ロールモデルとなる大人もいないなか、生きていけないのでは」と不安に思っていたため、言葉で表せないくらい安堵した、という。
この内容は現在、中学生向けの教科書(東京書籍中学校保健体育教科書「新しい保健体育」)に掲載されている。
早稲田大学に進学した藥師さんは、ReBitの前身となる「早稲田大学公認学生団体Re:Bit」を立ち上げた。以前の自分のように性のあり方で悩む子どもたちに「あなたのままで大丈夫」と伝えたくて、藥師さんらがLGBTの理解促進のための講義を実施した。
また、就活の際に、トランスジェンダーであることでハラスメントを経験したことから、就活や職場におけるLGBTを取り巻く課題を解消することを目的に、一般企業を経て、現在のReBitを立ち上げた。企業の研修やコンサルティング、就労支援などを幅広く行っている。

G7では日本だけLGBT法未整備
国際的に見ると、LGBTの差別を禁ずる法律が整備されている国や、米国など同性婚が認められている国、認められるよう取り組みが進んでいる国がある。その一方、LGBTであることが罪になる国もあり、その対応は様々だ。
G7の中では、LGBTへの差別を禁ずる法律が整備されていない国は日本だけ。国連から何度も是正勧告を受けている。
だが、国内においてLGBTに対する関心は高まっている。きっかけは、2014年にオリンピック憲章に性的指向などの差別禁止が入ったことだ。「オリンピズムの根本原則」第6項で、「憲章の定める権利および自由」は性的指向を含む「いかなる種類の差別も受けることなく、 確実に享受されなければならない」と明記している。
オリンピズム原則が動きを後押し
これが明記されたことにより、オリンピック・パラリンピックに協賛する企業では、取り組みが進んだ。また、ジェンダーなどあらゆる不平等の解消を掲げるSDGsの普及も後押しをした。
自治体では、2015年に世田谷区、渋谷区がパートナーシップ制度を導入し、現在では100を超える自治体が採用している。自治体により定義は異なるが、同性のカップルを結婚に相当する関係として、お互いをパートナーと定義する制度だ。これは法律で定めたものではなく、各自治体が条例や要綱で定める制度のため、法的拘束力がなく、該当の自治体のみに効力は限られる。パートナーシップ制度によって同性カップルに対しての制度整備やサービスが増えているが、十分とはいえない課題もある。
早くからLGBTに取り組んできた地方自治体もある。例えば福岡市は中学制服のスラックスかスカートを性別に関係なく選べるようにしている。岡山県倉敷市では、LGBTの教育実践に早くから取り組んでいる。また、茨城県は都道府県として初めて同性パートナーシップを導入している。
企業は従業員、顧客双方に対応必要
「PRIDE指標」(注1)という、企業のLGBTへの取り組みを評価・表彰する民間指標がある。2016年は79社の参加だったが、20年には大企業を中心に230社が受賞している。企業のLGBTの取り組みについては、従業員の視点、そして顧客の視点がある。
まず、従業員の視点からみていこう。ダイバーシティーやインクルージョン推進の一つとして、LGBTの取り組みが位置づけられている企業が多い。
国内のLGBT従業員数は一説には525万人ともいわれている。ポイントの一つは、人材活躍や働きやすさの確保だ。職場のLGBT施策は、従業員の働きやすさや生産性向上につながるという調査もあり、採用や定着など人材活用にも関わってくる。LGBTについての施策や理解がない職場では安心・安全に働けず、結果的に職場を去ってしまうことも多いのだ。
(注1)任意団体「work with Pride」が運営する、LGBTの取り組みを行う企業を表彰する制度。企業の行動宣言、啓発活動、人事制度、社会貢献、当事者コミュニティーがあるかどうかなどを評価する。
もう一つはコンプライアンスだ。2017年に改訂されたいわゆるセクハラ指針(厚生労働省「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」)では、性的指向や性自認に関する性的言動がセクハラと規定され、防止対策が義務となった。
また、20年に施行されたいわゆるパワハラ防止法では、性的指向や性自認に関するハラスメントや、第三者にセクシュアリティーを暴露するアウティングがパワハラとして規定され、防止対策が義務として企業に求められている。例えば「〇〇さんはゲイだ」ということを、本人の同意なく周囲に言いふらしたり、それを理由に仕事をさせなかったりすることは法的に禁じられている。
そして、顧客の視点としては、LGBTの割合は3~10%と言われていて、消費市場でもある「LGBT市場」は国内約5.42兆円(電通ダイバーシティ・ラボ)との調査もある。顧客の一部がLGBTであることから、多様な顧客への対応を考え、商品やサービスをより広く届ける上でも重要だ。例えば今まで異性のパートナーに限定していたサービスを、同性のパートナーも包括するといった取り組みをする企業も増えてきた。国内でも、携帯電話の家族割を同性パートナーも対象にしたり、同性パートナーを保険金の受け取りに指定できる生命保険ができたり、多数の取り組みが挙げられる。
企業は継続的な取り組みを
課題は中小企業においての理解促進だ。特に地方では中小企業が多い。地域コミュニティーが密接である地域に住むLGBTの人たちにとって、地域や職場での理解促進は生きやすさに直結しやすい。
また、企業に制度はあるけれどもLGBTへの包括的な風土醸成が進まず、制度が利用しづらいという課題もある。ダイバーシティーやインクルージョン推進には、一度の研修実施にとどまらず、継続的な取り組みが不可欠である。
例えば、女装して宴会芸を行うことや、「結婚しないと出世できない」といった上司の発言は、SOGIハラ(性的指向や性自認に関するハラスメント)(注2)とされ、パワハラに該当する。
特に職場の理解を促進する上で、ERG(従業員リソースグループ)(注3)の役割は大きい。LGBTやダイバーシティーの活動を社内のERGと位置づけ、担当役員がバックアップし、業務時間内での活動を可能にしたり、活動予算をつける制度を設けたりする。そうした文化を醸成することで、従業員の主体性を最大限に引き出す取り組みが進み、アライ(注4)を増やすことにつながる。
(注2)SOGI=Sexual Orientation and Gender Identity。「LGBT」が性的少数者の人たちを指すのに対し、すべての人が持つ性的指向・性自認を表す言葉が「SOGI(ソジ)」。そのことに関する差別やハラスメントのこと。SOは性的指向で、好きになる相手の性。GIは性自認で、自身をどの性別として認識するかを示す。
(注3)ERG=Employee Resource Group。社員主導の自主的な学び合いのプラットフォーム。所属組織や国籍などが異なる社員が、自主的に学び合うことで成長するとともに、組織を超えた社員同士のつながりを、新しい発想や気付きを生み出す組織風土の醸成に生かす。
(注4)アライ(ally)=もともと「仲間」「味方」「同盟」などを意味する単語で、LGBTを理解し、当事者に対して共感し寄り添い、支援する人たちを指す。
法律も担当官庁もない日本
LGBTをめぐる課題は大きい。先述の通り、LGBTへの差別を禁止する法律がないのはG7では日本だけで、担当省庁もない。
LGBTの人口割合は、大阪市の調査では3.3%、LGBT総合研究所の調査では10%などといった結果が出ているが、国としての実態調査がないことも、可視化を進める上での課題となっている。
オリパラと総選挙がある本年、LGBT法案を超党派で合意し「LGBTへの差別は許されない」という趣旨の法律の成立に期待が高まったが、自民党内の了承が得られず、国会提出を見送らざるをえなかった。2016年にも野党4党によりLGBTに関する法案が提出されており、長年にわたって先延ばしになっている。企業においても法律がないことが対応のハードルとなっている。

教育を充実し、差別の解消を
LGBTの人たちの課題はさまざまだ。学齢期では、約7割がいじめを経験する。また、トランスジェンダーの約6割は「死にたい」と思った経験があり、最も高まる時期は小学校高学年〜高校の二次性徴期である。しかし、高校生の約1割は、学校でLGBTについて学んだ経験がないという。
就労においても、トランスジェンダーの約9割が就活時に性のあり方に由来した困難やハラスメントを経験している。職場のハラスメントなどを理由にメンタルヘルスが悪化し、失業や経済的困窮につながることも少なくない。
また、日本では同性婚が認められていないことで法律上、家族となれないことから、同性パートナーが入院した際などに医療同意や面会ができない、公営住宅に入居できないなどさまざまな困難が生じている。
誰しも、働いて食べていかないといけないが、そこで差別を受けると生きていけない。よって多くの人たちが、職場においてカミングアウトしていないのが現状だ。また、つらい環境に置かれることが多いので、メンタルヘルスが悪化する人も多いという。
筆者が中学、高校においてSDGsの授業を行うと、LGBTに興味を持つ生徒は多く、自らが自認する性の制服を選ぶ生徒もいる。教員からも、かなり身近かつ重要なテーマだと聞く。SDGsネイティブ世代が育つ中で、理解を促進し、早く差別のない社会を実現したい。

-
2021.08.13「ひめゆり平和祈念資料館」に見る、SDGsと平和教育のいま ビジネスパーソンのためのSDGs講座【12】
-
2021.07.09人権が厳しく問われる時代、ビジネスのあり方は ビジネスパーソンのためのSDGs講座【11】
-
2020.10.23女性議員比率は世界165位、日本は変われるか 政党の自主的な努力が当面のカギ
-
2021.07.02コラム「女子教育とジェンダー、マララさんが訴えたことは」 「基礎から学ぶ SDGs教室」【11】
-
2021.06.11SDGsを学ぶことでキャリアを考えるきっかけに ビジネスパーソンのためのSDGs講座【10】
-
2020.10.30女性が男性と同等に発言する、それが当然 共産・田村智子さんインタビュー