【夫婦別姓問題、どうしますか?】 選択的夫婦別姓の活動は「勝てるゲーム」 サイボウズ・青野慶久社長

IT企業サイボウズの青野慶久社長の戸籍名は「青野」ではありません。結婚に伴って妻の名字を名乗ることにした少数派です。想像をはるかに上回る不都合さに選択的夫婦別姓を求める活動を始め、自らも夫婦同姓の戸籍法の規定が違憲だとして訴訟も起こしました。訴訟には敗訴しましたが、衆院選を前に青野さんは活動の手応えを感じているといいます。(聞き手 編集委員・秋山訓子)
名字を変える不便さを知ってほしい
――名字を変えたことでいろいろと不便を感じていらっしゃるそうですね。
名字を変えたのはごく軽い気持ちだったんですが、これがもう大変で。僕は海外出張が多くて、現地の社員にホテルを取ってもらうことも多いんです。米国出張に行ったとき、ホテルにチェックインしようとしてフロントでパスポートを出したら、予約の名前と違うじゃないかと言われて。いや、『青野っていうのは前の名前なんだ』と言っても通じない。危うく夜中に路頭に放り出されるところでした。以来、結婚前の青野姓の古いパスポートをIDとして持ち歩いています。
――選択的夫婦別姓をめぐる訴訟では、今年、最高裁が2015年に続き夫婦別姓の規定は合憲だと判断しました。青野さん自身が訴えていた訴訟も敗訴が確定しました。選択的夫婦別姓を求める側としてはかなり落胆されたのでは。(Keywords参照)
いや、まったくがっかりしていないですね。事前の予想通りでした。司法はまた逃げたなと思いました。司法制度にも問題があると思います。日本は三権分立という原則になっていますが、そうなっていないというか、最高裁の裁判官も、最高裁長官の意見を聞いたうえで内閣が閣議決定することになっています。これで最高裁が内閣の意向を忖度(そんたく)しないわけがないでしょう。
安倍晋三元首相は選択的夫婦別姓に反対していましたから、こうなることは想定内です。むしろ今僕が注目しているのは政治の動きです。最高裁の判決も「国会で議論すべき」としましたが、これから選挙や政治の場で選択的夫婦別姓が焦点になると思います。
――というと?
選挙で、選択的夫婦別姓に反対する議員が落選する傾向にあるとみています。
これから衆院選ですが、すでに立憲民主党は選択的夫婦別姓の実現を公約に掲げています。一方の岸田文雄首相は、別姓を推進する議連の呼びかけ人ですが、反対派の高市早苗氏を政策作りを担う政調会長に起用しました。衆院選では、野党からこの点を突かれるのではないでしょうか。

若い世代は選択的夫婦別姓に高い関心
――選択的夫婦別姓はなかなか選挙の争点にならないと指摘されてきました。年金や税などお金まわりの問題に比べると、有権者にはどうしても優先順位が低くなってしまう傾向がありました。
だんだん変わってきていると思いますよ。若い世代を中心に、不満を持っている人たちが増えていますから。SNSで発信する若い人たちは圧倒的に選択的夫婦別姓や同性婚を支持しています。自民党は公約に入れたほうがいいと思います。僕たちはこれまで、裁判やメディアを通じて世論を動かそうとしてきましたが、いよいよ政治の世界で立法をしてもらうべく動く仕上げの段階に入ってきていると感じています。
――今度の衆院選でも、何らかの活動をされますか?
弁護士とも相談しながら検討したのですが、「誰それをお願いします」という活動はやってはいけないんですが、「誰それはダメです」という活動は合法とのことです。そこで、「ヤシノミ作戦」という落選運動を始めました(ヤシノミ作戦 ――多様性のある社会をめざして )。選択的夫婦別姓や同性婚を進めない政治家をヤシノミのように落とそうという活動です。活動費用のためにクラウドファンディングも実施します。

伝統的企業からの賛同者に驚き
――経済界にも働きかけをしてきました。反応はいかがでしたか?
「選択的夫婦別姓の早期実現を求めるビジネスリーダー有志の会」を作って600人以上の署名が集まっています(note「有志の会」)。ベンチャー企業の社長はもちろん、パナソニックの専務やりそな銀行の会長など、日本を代表する伝統ある企業のリーダーが賛同してくれて、正直驚いています。確かに銀行などは旧姓使用が拡大すると本人確認が大変で、混乱が起きかねませんよね。だから選択的夫婦別姓のほうが合理的なのでしょう。
それに加えて、想像するに、女性社員からも選択的夫婦別姓に賛成してほしいと相当突き上げがあるのではないでしょうか。うちの社長は選択的夫婦別姓に反対だからと総スカンをくらって、辞任要求なんてことにもなるかもしれない。
若い世代で選択的夫婦別姓の関心が高まっているのだから、就活のときにも、経営者が選択的夫婦別姓に積極的な会社に入りたいと思うかもしれませんよね。
企業のリーダーたちがオープンに選択的夫婦別姓に賛成だと言えるようになったのは本当に良いことだと思っています。政治もこういう動きを無視できないのではないでしょうか。
信念を通して社会を変えたい
――青野さんはビジネスをされていて、政府や自民党と関係もあると思います。政府や自民党にもの申す態度を取ることで、仕事がやりにくくなったりしませんか?
それはないですね。基本的に国のお金でビジネスをしていませんから。どちらかというと、国があれこれ規制をかけてくるのを避けながらやってきました。率直に言って、自民党に嫌われたところで関係ないと思っています。それで社会がよくなるならば、そのほうがずっといいじゃないですか。政治家を批判していじめられても、信念を通して前進し、社会を変えてきた先人たちはたくさんいると思います。
――長期にわたる先が見えない活動で、くじけそうになることはないですか?
いやいや、まったく逆です。ストレスは感じますが、確実に変わると思っていますし、手応えもありますからね。絶対に負けない、勝つゲームをやっていると思っています。だからとっても楽しいですよ。
もちろん敗訴したときにはかちんときたし、「だっせえなー」と思いましたが(笑)、あのときも判決に対して不服のツイートをしたらもうみんな嵐のようにリツイートしてくれて盛り上がり、「ごちそうさま」という感じでした。昨年、検事総長や検事長らの定年延長を可能にする検察庁法改正案ではネットで批判が高まり、見送られました。おかしいと思ったことはおかしいときちんと言わないといけないと考えています。
夫婦別姓での婚姻届を受理しない戸籍法は憲法14条の「法の下の平等」に反するなどとして、青野氏ら4人が国に賠償を求めた訴訟。最高裁第一小法廷(木沢克之裁判長)は今年6月、上告を退け、原告側を敗訴とした一審・東京地裁、二審・東京高裁判決が確定した。
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