「2045年、僕は人類初の火星人になる」 東大生化学者、「ゆるふわ」でめざす温暖化対策と火星移住【#チェンジメーカーズ】

社会課題解決のために奮闘するキーパーソンを紹介するシリーズ「#チェンジメーカーズ」。第7回は、現役東大生の化学者兼発明家で、一般社団法人炭素回収技術研究機構(CRRA、シーラ)代表理事・機構長の村木風海さん(21)です。「ひやっしー」「そらりん計画」というふしぎな響きのプロジェクトの中身とは。エコバッグは実はエコじゃない、といったお話も聞けました。(聞き手 編集部・竹山栄太郎)
2000年生まれ、山梨県出身。東京大学工学部化学生命工学科3年生。高校2年生だった17年、独創的な研究を支援する総務省のプログラム「異能vation」の「破壊的な挑戦部門」に採択され、CRRAを設立。20年に法人化。21年9月に初の著書『火星に住むつもりです~二酸化炭素が地球を救う~』を出版。
祖父からの本で火星に夢中に
――どんな研究をされているのですか。
僕の研究テーマをひと言で言うと、「地球を守り、火星を拓(ひら)く」です。地球温暖化を止める研究と、人類の火星移住を実現する研究の二つをしています。高校2年生のときに立ち上げた研究所のCRRAには16人の研究員がいて、陸、海、空、宇宙、そして温暖化を担当する部署と「放送局」があります。
――研究を始めたきっかけを教えてください。
小学4年生のとき、英国の宇宙物理学者スティーブン・ホーキング博士が書いた子ども向けの冒険小説『宇宙への秘密の鍵』シリーズを祖父からプレゼントされたんです。主人公の男の子がドラえもんの「どこでもドア」みたいな秘密道具を使って宇宙を旅するお話でした。
本の中に「人類が地球以外でいちばん住めそうなのは火星だ」と書いてあり、実際の探査機が撮った写真が載っていました。地球の青い海に赤い夕日が沈むのとは真逆で、火星の広大な赤い砂漠に青い夕日が落ちていく写真でした。それを見て本当に心が震えてしまって。「将来、自分が初めてこの青い夕日を見た人間になるんだろう」という確信みたいなものが生まれて、とりつかれたように火星の研究を始めました。

最初の研究は、火星に人が住めるようにするにはどうしたらいいかというテーマでした。火星は二酸化炭素が95%の空気に覆われているらしい。二酸化炭素を集めて、どうにかしなければと考え始めたのが、二酸化炭素との出会いです。
まずは簡単な実験をしました。ペットボトルに庭の雑草と、二酸化炭素の固体のドライアイスを一緒に入れて、どれくらい植物が生きられるのか調べたんです。植物は光合成だけでなく呼吸もするので、二酸化炭素しかない容器の中なら枯れるのではと思いました。でも全然違って、3日ぐらいぴんぴん生きていました。それが「植物ってすごい」ではなく「二酸化炭素っておもしろい」という方向に行ってしまって、それからかれこれ11年間、二酸化炭素マニアを続けています。
中学2年生のときに初めて温暖化の専門書と出会い、二酸化炭素の研究は火星に行くためだけでなく、地球温暖化の解決にも役立つと気づきました。それで地球温暖化と火星の両方を軸にすえて研究することにしました。
――子どものころから化学者だったのですね。
僕は根っこでは文系なんです。小学1年生のときは図書室にこもって、夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでいました。探偵小説を書くのも好きでした。得意科目は国語、社会、英語。理科も好きでしたがペーパー試験ができるわけではない。ましてや数学なんかひどくて、ずいぶん苦労しました。
科学実験は大好きでした。でも科学の世界って、専門用語がたくさん使われ、とっつきにくいイメージがあったんです。僕はいま、科学が嫌いだ、わからないという人にこそ科学の魔法やわくわく感を伝えたいと考えていて、「科学界の池上彰さん」のイメージで、文系だったころの僕に語るように研究のことをお話ししています。

ボタン一つでCO₂回収
――「ひやっしー」とはどんな装置ですか。
ひやっしーは僕のいちばんの発明で、誰でもボタン一つ押すだけで簡単に空気中から二酸化炭素を集められる、世界初で世界最小のマシンです。スーツケースぐらいのサイズで持ち運びができ、どこにでも置けます。ゆるい顔がついていて人工知能でしゃべれるんです。ドラえもんのように「ゆるふわ」で誰にでも親しんでもらえる、ペットのような存在をめざしてつくりました。

肝心の二酸化炭素の回収性能は、高校2年生のときにつくった初号機と比べて、2022年元旦発売予定の最新型「ひやっしー4」では約1400倍に上がり、1年間稼働し続ければ約100kgの二酸化炭素を集められる予定です。現行のバージョンでも部屋やオフィスの会議室などに置くだけで、部屋中に森や草原が広がっているのと同じだけの二酸化炭素を固定できるんです。
二酸化炭素を集めると、物理的に温暖化を止められるだけでなく、僕らにもうれしいことがあります。リモートワークで部屋にこもっていると眠くなったり頭が痛くなったりするのは、吐く息で部屋に二酸化炭素がたまってしまうせいです。ハーバード大学の論文によると、二酸化炭素のせいで集中力が2~4倍も落ち、一人あたりの年間の生産性も70万円分下がると言われています。ひやっしーを置いて二酸化炭素を集めれば、集中力や生産性を上げられます。
――どんな仕組みで二酸化炭素を回収するのですか。
原理はものすごく簡単で、石灰水に息を吹き込むと白くにごるという小学校の実験とまったく一緒です。アルカリ性の薬品には二酸化炭素を吸い取る性質があります。ひやっしーの中には業務用プリンターのインクカートリッジのような筒があり、中にアルカリ性の薬品を含むフィルターが入っています。吸い込んだ空気のうち二酸化炭素だけが溶け込み、二酸化炭素が減った空気が外に出てきます。企業向けが月額4万2000円(税別)、個人や学校向けには割引プランも設けて提供しています。
将来的には世の中すべてのものにひやっしー的な機能が埋め込まれ、モノ、街すべてが二酸化炭素を吸収するような世界をつくりたいんです。今後は車載版やビジネス向けの大型版、工場などの煙突にとりつける「ひやっしー煙突」などのバリエーションを展開していきます。

空からガソリン、切り札に?
――「そらりん計画」についても教えてください。
ひやっしーで集めた二酸化炭素をそのままにしておくのはもったいない。そこで進めているのが、空からガソリンの代わりになるものをつくる「そらりん計画」です。
僕は高校2年生のとき、広島大学と共同研究し、二酸化炭素からメタンを直接つくる化学反応を発見しました。二酸化炭素と水、それとアルミホイルを入れてシェークするだけ。空気からエネルギーを生み出すという夢物語みたいなことができるんだ、という自信を得ました。
いまは気体のメタンよりためやすい液体燃料を二酸化炭素から直接つくろうと考えていて、それがそらりん計画です。二酸化炭素からエタノールをつくり、そこにちょっと混ぜものをして、法律上も軽油の代わりとして使える燃料をつくる計画です。
ひやっしーで集めた二酸化炭素は、アルカリ性の薬品の中に高濃度に溶け込んでいます。そこにスピルリナというアフリカ原産の藻を入れると、光合成で二酸化炭素から糖分を効率的につくれます。できあがった糖分とイースト菌などの酵母を混ぜれば、お酒と同じようにエタノールがつくれます。さらに食堂などから出る廃油を混ぜるだけで、簡単に軽油の代わりの燃料ができるんです。
――そらりん計画が実現すると、どんな社会がつくれますか。
陸、海、空、宇宙すべての乗り物の燃料を「そらりん」に変えたいと思っています。温暖化のタイムリミットまであと8年ちょっと。それまでに世界中の二酸化炭素を半分にしなければいけません(注)。たとえばすべての車を電気自動車や水素自動車に置き換えようとしても間に合いません。そらりん計画なら既存のインフラや乗り物は変えずに対応できます。
(注)2020年以降の温暖化対策の国際ルール「パリ協定」では、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力をする」ことを掲げている。目標達成のために30年までに10年比で二酸化炭素排出量を約45%削減する必要があるとされる。
そらりん計画で空気中の二酸化炭素からあらゆる有機物を合成し、世界中の石油製品を「空気製品」に置き換えるという夢もあります。回収した二酸化炭素を地中に埋めるのではなく、身の回りのプラスチックや服に変える「積極的炭素固定」という概念を僕は提唱しています。
そうすると温暖化の解決だけでなく、火星移住も実現できちゃうんです。人類が火星まで行けない理由は、火星が遠すぎてロケットに帰りの燃料を積めないから。この技術を使えば火星の二酸化炭素から燃料をつくれるので、火星にガソリンスタンドが建てられちゃうわけです。おまけに服もつくれるし、炭素原子をぷちぷちつなげてお肉もつくれるので、衣食住すべてを火星で合成できます。
温暖化には絶望とか、我慢しなきゃいけないといったネガティブなイメージがつきまといますが、僕が伝えたいことはそうではありません。温暖化を止める技術をつくることは、そっくりそのまま僕らが新しい宇宙への船出をすることにつながっているんです。

「ライフサイクル」でエコ考えて
――何が村木さんを突き動かしているのですか。
ただただ「火星の青い夕日が見たい」ということに尽きます。どうして火星の夕日が青いのか、実は科学者もわかっていません。そういう謎に満ちた光景を自分の目で見たいという情熱です。僕は「2045年に人類で初めての火星人になる」と宣言しています。そこから逆算して、淡々と研究していくだけです。
とはいえ、がんばるだけでは長続きしません。僕は「趣味で地球を救う」というくらい、ゆるっとふわっと、リラックスした雰囲気でやることを心がけています。「そんな研究が何の役に立つんだ」と批判されたこともありますが、趣味に口出しする権利は誰にもないと思うんです。小さいころに母に言われたことばに「天才は秀才に勝てない、秀才は楽しむ人には勝てない」というものがあります。僕がめざすのは「楽才」です。

――地球温暖化を止めるために、一人ひとりができるアクションとは何でしょうか。
薄っぺらいレジ袋より丈夫なエコバッグをつくるほうが、エネルギーがかかります。それではエコバッグが「エコ」になるには、レジ袋を最低何回断らないといけないでしょうか。計算すると実は600回なんです。つまり、毎日1回の買い物なら2年間はレジ袋を断り続けないとエコバッグはエコになりません。
だから僕はあえてレジ袋を買うことをおすすめしています。3、4回は使い回し、最後はごみ袋として使って捨てる。そうすればトータルの二酸化炭素排出量は半分以下まで減らせるんですよ。
エコとされるものはほかにもいろいろありますが、本当にエコなのでしょうか。たとえば「マイ箸」もお水でさっと洗うならエコですが、洗剤やお湯で洗うなら、実は割り箸のほうがエコになります。二酸化炭素をたくさん出す火力発電への依存度が高いといった日本の現状では、電気自動車や水素自動車よりもガソリン車のほうがエコです。
僕がみなさんに伝えたいのは、「ゆりかごから墓場まで」、つまりモノがつくられてから廃棄されるまで、トータルで出る二酸化炭素やエネルギーをみる「ライフサイクルアセスメント」の視点で環境問題を考えてほしいということです。そうすれば、みんなで「地球を守り、火星を拓く」ことができると思います。

朝日新聞SDGs ACTION!編集部員。2009年に朝日新聞社入社。京都、高知の両総局を経て、東京・名古屋の経済部で通信、自動車、小売りなどの企業を取材。2021年から現職。
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