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「すべての人が自分らしくハッピーに」 社会の空気、プライドパレードで変える【#チェンジメーカーズ】

「すべての人が自分らしくハッピーに」 社会の空気、プライドパレードで変える【#チェンジメーカーズ】
杉山文野さん(右)と山田なつみさん(東京レインボープライド提供)
東京レインボープライド共同代表理事/杉山文野、山田なつみ

社会課題解決のために奮闘するキーパーソンを紹介するシリーズ「#チェンジメーカーズ」。第8回は、性的少数者への理解を進める国内最大級のイベント「東京レインボープライド」を運営するNPO法人・東京レインボープライド共同代表理事の杉山文野さん(40)と山田なつみさん(35)です。「LGBTQに限らずすべての人がハッピーに暮らせる社会」をめざしています。(聞き手 編集部・竹山栄太郎)

杉山文野(すぎやま・ふみの)
1981年生まれ、東京都出身。元フェンシング女子日本代表。日本初となる東京都渋谷区の同性パートナーシップ条例の制定にかかわる。2015年からNPO法人「東京レインボープライド」の共同代表理事。日本オリンピック委員会理事。2人の子どもを育てる。
山田なつみ(やまだ・なつみ)
1986年生まれ、静岡県出身。12年、初開催の東京レインボープライドにボランティアとして参加し、翌年以降運営に携わる。19年に共同代表理事に就任。人材系会社に勤務。
Keywords
LGBTQ

Lはレズビアン(女性同性愛者)、Gはゲイ(男性同性愛者)、Bはバイセクシュアル(両性愛者)、Tはトランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と異なる性で生きる人)、Qはクエスチョニング(自身の性のあり方が定まっていない)、またはクィア(性的少数者全体を包括する言葉)の頭文字をとった言葉。

性に違和、言えなかった幼少期

――おふたりのこれまでと、東京レインボープライドとのかかわりを教えてください。

杉山 僕は杉山家の次女として生を受けました。幼稚園の入園式で親にスカートをはかされ、「やだやだ」と泣いて逃げていたぐらいなので、「生まれたときから」としか言いようがないと思いますが、自分の性に違和をずっと抱え、でもそれは誰にも言えずに、幼少期を過ごしました。

中学生のころ世間で「性同一性障害」ということばが使われるようになり、自分もそうかもしれないと思いました。公にカミングアウトしたのは2006年、『ダブルハッピネス』という著書を出したときです。「そういう人が身近にいるんだよ」と伝えたくて書いた本でしたが、どこに行っても「性同一性障害の人」と言われて「窮屈だな」と感じ、逃げるように海外に行ったり、就職してみたり、独立してお店をやってみたりしました。

活動のきっかけは、お声がかかって、13年にできた「東京レインボーウィーク」という団体の代表に就いたことです。別の団体「東京レインボープライド」が年に一度開催するプライドパレードにあわせて、新たにフェスティバルのようなイベントを開き、当事者だけでなくもっといろんな人が参加できるようにしようというアイデアでした。僕はそれまで一度もパレードを歩いたことがなかったくらいで、「一部の過激な人がやっているちょっと怖いデモ活動なんでしょ」というイメージを持っていましたが、「自分にできることがあればやるよ」と言って参加しました。二つの任意団体がその後統合して15年にはNPO法人となり、僕が共同代表理事になりました。

杉山文野さん(提供)

杉山 いまは、いろんな人が違いを知って楽しむというコンセプトの飲食店を運営するほか、全国で講演や研修もしています。フェンシング女子の日本代表だったご縁で、21年6月から日本フェンシング協会と日本オリンピック委員会(JOC)の理事にもなり、スポーツ界の多様性の推進と心理的安全性の向上に力を入れていきたいと思っています。LGBTQの団体でLGBTQの活動をすることは大事ですが、より広い枠組みのなかでLGBTQや多様性の視点を入れて議論していく必要もあると思い、引き受けました。

山田 私は杉山ほど多くのパーソナルストーリーはないのですが、オープンリー・レズビアンとして、会社にも家族にもレズビアンだということをカミングアウトしたうえで生活しています。

東京レインボープライドには、12年にボランティアとしてかかわりました。私もそれまでパレードを歩いたことはなかったのですが、友達に誘われて説明会に行ったのがきっかけです。すばらしい団体だと思って翌年から運営に参加し、19年10月に共同代表理事に就きました。普段は人材系の会社で働き、企業の採用支援や転職支援をしています。

山田なつみさん(提供)

セクシュアリティーに誇りを

――東京レインボープライドはどんなイベントなのですか。

杉山 LGBTQにかかわらず、すべての人がハッピーに生きられる社会の実現をめざしています。そもそもプライドパレードはその名の通り、自分のセクシュアリティー、つまり性のあり方に恥じることなく、誇り(プライド)を持って生きようという趣旨で1970年に米国で始まりました。いまでは世界中に広がっています。なぜ開催するかというと、年に一度ぐらいみんなで集まって「ここにいますよ」ということをしっかり社会に伝えないと、いつまでたっても「いない人」にされてしまうからです。つまり「当事者の可視化」が大きな目的です。

2019年の東京レインボープライド(提供)

杉山 日本でも1994年に始まり、2012年に5000人弱だった参加者が19年には20万人超にまで増えました。例年春に東京・代々木公園周辺で開いてきましたが、20年と21年はコロナ禍のためオンラインでの開催となりました。総視聴者数は20年が44万人、21年は160万人超に達し、社会的な注目度が高まってきたと感じています。21年は16人の多様なゲストを招き、僕と山田、女装パフォーマーのブルボンヌさんの司会でトークライブをおこないました。「LGBTQの今を知る15選」というタイトルで、「LGBTQと医療」「LGBTQとスポーツ」などのコンテンツも配信しました。

オンラインで開かれた2021年のトークライブの様子(提供)

――どんな特徴があるのでしょうか。

山田 楽しいイベントにして参加のハードルを下げ、当事者もアライ(LGBTQの支援者)もちょっと通りかかった人も、誰でも参加できる場づくりを心がけてきました。この10年ほどでLGBTQを取り巻く環境が変わってきたことを受け、近年は以前より一歩踏み込んで意見や立場を表明しています。21年のテーマは「声をあげる。世界を変える。Our Voices, Our Rights.」――つまり一人ひとりのもやもやしていることを変えるために、声を上げようと呼びかけました。

インタビューに答える山田なつみさん

杉山 僕たちはミッションとして、可視化、場づくり、課題の解消の三つを掲げています。当事者の可視化は進んできたので、今後は課題の可視化、課題の具体的な解決というフェーズに移っていくとみています。課題の一つが同性婚です。「すべての国民は平等」なのに結婚できる人とできない人がいることは、「『すべての国民』にLGBTQの人は含まれていない」という裏メッセージになっており、根強い差別と偏見につながっています。

東京レインボープライド自体が法律を変えることはできませんが、法律が変わるように社会の空気をつくっていくことは大きな役割の一つです。

インタビューに答える杉山文野さん
2019年の東京レインボープライドのパレード(提供)

誰でも参加できる場づくり

――オンライン開催となりどんな影響がありましたか。

山田 これまで東京から遠いとか休みが合わないといった理由で来られなかった人が、気軽に、しかもSNS上でいろいろな人とコミュニケーションをとりながら参加できるようになったのは大きな変化でした。

杉山 でも、パレードを歩き終わり、みんなで「ハッピープライド」と言ってハイタッチするような高揚感は、なかなかオンラインではつくれません。来年はリアルで開催したいです。

――やりがいを感じる瞬間とは。

山田 活動を通じて個性の強い人と出会え、いろいろな人の話を聞けるのはよかった点の一つです。当事者のなかにはすごく傷つき、ぼろぼろになった状態で活動にかかわる人もいます。相手の立場になって物事を考え、意見を尊重する力も鍛えられました。

杉山 大きなイベントに育ちましたが、その舞台裏では、運営メンバーですら日常生活ではLGBTQであることをカミングアウトしていない人もいるという現実があります。必ずしもカミングアウトしなければいけないわけではありませんが、したくてもできない現状を変えたいと思っていて、「やっとカミングアウトできた」という話を聞くとすごくうれしいです。当日の代々木公園が笑顔で埋め尽くされる光景を見ると、準備に費やした1年分の疲れが吹き飛びます。

2019年の東京レインボープライド(提供)

――どういう思いで取り組んでいるのですか。

山田 団体が掲げる「すべての人が自分らしくハッピーな社会」は私個人の理想でもあります。それぞれが違う考え方をしていることが尊重されて、うまくいく状態を実現したいです。

杉山 「すべての人」というのがポイントです。決してLGBTQのことだけをわかってくれと言うつもりはありません。でも、自分はハッピーだけどすごくアンハッピーな人がいる社会って、本当にハッピーだと言えるでしょうか。自分のためにすることが誰かのハッピーにつながっていく、そんなプラスの循環がつくれたらいいなと思います。

生きづらさ、ことばにして解決を

――杉山さんは著書で自身のことを公表して以来、どんなことを感じましたか。

杉山 僕は活動家になりたいと思ったことは一度もなく、「僕は僕です」と言うと話題になってしまったんです。LGBTQの当事者の多くは、誰かを好きになったら「気持ち悪いと思われたらどうしよう」という恐怖からスタートします。結婚したいと思ったら国と戦わなければいけないし、子どもができたら取材が殺到するんです。LGBTQなんてことばをあえて使わなくてもよくなり、パレードも必要なくなる社会にするには、まだまだ声を上げていく必要があると一貫して感じています。

2018年の東京レインボープライド(撮影・朝日新聞)

――東京五輪では、森喜朗・大会組織委会長(当時)の女性蔑視発言が批判され、トランスジェンダー選手の競技参加が議論を呼ぶなど、性をめぐる問題が注目されました。

杉山 「多様性と調和」はすばらしいテーマだったと改めて思います。いかに日本社会が多様性を受け入れてこなかったかがあぶり出されたからです。ここからスタートし、できることを具体的に進めていくことが大事です。トランスジェンダー選手の話をすると1日あっても足りないぐらいです。僕自身は自分らしさと競技が両立できるなんて考えたこともなく、一当事者としては、すべての人が排除されないスポーツ界のスタートを切れたことはすごく喜ばしいと思います。一方、ネットなどでトランスジェンダーに対するヘイトがあまりにも多く、非常に悲しく感じました。それでも、みんなが楽しく暮らせる社会を考えるうえで、これもまたいいスタートになったのではないでしょうか。

――山田さんが会社員として働くなかで、感じていることを教えてください。

山田 私は自身のことをオープンにしていて、会社で不便を感じたり、困ったりすることはありません。ジェンダーに関して、企業の採用支援や転職支援をするなかで思うのは、女性はまだマイノリティーで、フェアな社会の実現を遅らせる要因には、現状を追認する人の存在があるということです。女性の求職者から「競争してまでもリーダーにはなりたくない」「男性優位の構造のなかで自分が道を切り開くのは正直しんどい」という声をよく聞きます。私はレズビアンの立場というより一人の女性として、普段から、女性はもっと個を意識した人生設計を考えたほうがいいと思っています。

たとえば、将来結婚を考えていたりすでに家族がいたりする方で、自分のキャリアを築くことをネガティブにとらえている方がいます。キャリアを築くべきだと言っているわけではなく、死別などで一人になる可能性もあるので、パートナーがいたとしても自分の資産をどうつくり、どう守っていくかはちゃんと考えていってほしいと思っています。だから女性自身も自立した生き方をしてほしいと思ってアドバイスをしています。もちろん、結婚だけが幸せではないので、結婚をしないという選択肢もありだと思っています。

2017年の東京レインボープライド(撮影・朝日新聞)

――LGBTQが生きやすい社会をつくるために一人ひとりができることは何でしょうか。

山田 日本では、固定観念や世間の目を気にしながら我慢して生きるストレスがあると思います。生きづらさを感じる要因を普段から話題に上げて、「解決したい」とことばで周りに伝えることで、変えようという空気をみんなでつくっていく。それをマイノリティーだけでなくマジョリティーも、一人ひとりがしたらいいのではないでしょうか。

杉山 みんながさまざまなイシューを「自分ごと化」するのが大事です。「そんなことは自分に関係ない」と思えるのは、そのイシューに対するマジョリティーだからだと認識したほうがいいと思います。「LGBTQなんて関係ない」と思う人は、LGBTQの生きづらさをつくり出している張本人かもしれないんです。小さなアクションの積み重ねで、輪を広げられればと思います。

ダイバーシティー(多様性)の認識は広がってきましたが、圧倒的に足りないのはインクルージョン(包摂)です。誰だって高齢者になるし、きょうの帰り道に事故に遭えば明日から車いすの生活になるかもしれない。自分がLGBTQでなくても生まれてくる子どもがそうかもしれない。当事者と非当事者は表裏一体で、みんながいろいろな側面を持っているものです。マイノリティーにやさしい社会はマジョリティーにとってもやさしい社会である。そんな意識を共有していくことが必要です。

     ◇

「#チェンジメーカーズ」は今後も随時掲載します。

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