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海外から見た日本の対コロナ水際作戦 蟹江教授が読み解くSDGs@米国【2】

海外から見た日本の対コロナ水際作戦 蟹江教授が読み解くSDGs@米国【2】
慶応義塾大学大学院教授/蟹江憲史

蟹江憲史さん
蟹江憲史(Norichika Kanie)
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授。専門は国際関係論、地球システムガバナンス。国連が4年に一度まとめる『グローバル持続可能な開発報告書(GSDR)』において、2023年版の執筆を行う世界の15人の専門家のうちの1人。近著に『SDGs(持続可能な開発目標)』『SDGs入門:未来を変えるみんなのために』など。政府SDGs推進本部円卓会議メンバー/国連大学サステイナビリティ高等研究所客員教授を兼任。

中止を余儀なくされた一時帰国

2021年12月初旬、アメリカからの一時帰国を予定していました。たまった日本での仕事をこの機会に一気にこなそうと、数カ月前から計画していたのです。

日本からアメリカへ来るときの入国制限や待機期間は、検査で陰性であれば特になく、僕の渡米時も極めてスムーズでした。今はワクチン接種証明が必要ですが、さすが、自由の国アメリカです。

一方、日本では「水際対策」の名のもとで、様々な渡航制限が加えられています。この違いの裏には、人に対する考え方や、重視する価値の問題がありそうです。日本のそれは、SDGsやサステイナブルな社会づくりとは反するものに見えました。「水際対策」のどさくさにまぎれて顔を出そうとする権威主義や差別の根っこです。

目標10で言うまでもなく、人や国の差別をなくすのがSDGsの大事な要素の一つになっていますが、それができていないということが、こうしたことにも見え隠れします。今後改善されることを願って、今回見えてきた問題を取り上げておきたいと思います。

日本でさまざまな水際対策が行われるなか、11月にはようやく、ビジネス目的渡航であれば自宅待機期間を3日に短縮できることになりました。これにより、僕としてもなんとか一時帰国のめどが立ったわけです。

ところが、帰国に向けPCR検査を受けようという当日朝、衝撃的なニュースが飛び込んできました。オミクロン株のリスクを勘案し、外国からの入国、いわゆる「水際対策」が強化された結果、日本に入国する際は一律で14日間の待機期間が設けられるというのです。

日本での滞在は1週間ほどの予定だったので、これでは外に出られずにまだ戻ってくるだけになります。何のメリットも見いだせません。結局、今回の一時帰国は取りやめることにしました。

成田空港に到着した人たち
成田空港に到着した人たち=2021年11月29日(撮影・朝日新聞)

人権問題にもかかわる入国制限

オミクロン株の水際対策として外国人の入国を制限した際に、WHO(世界保健機関)から批判を受けたのは記憶に新しいところです。外国人の入国は制限しながら、一定の条件はつくものの日本人の入国は可能としたことが、外国人への差別と受け取られたのです。

感染の如何(いかん)は、人種や国籍で決められるわけではありません。むしろ人種や国籍の分け隔てなく対策を施さない限り、パンデミックに打ち勝つことはできない、というのが世界の常識です。

世界中にワクチンが広がり、コロナ対策が進んでいれば、新たな株の出現や感染拡大のリスクは小さくなっていきます。グローバルにつながる世界の中で、差別を行い、多様性を認めないのでは、持続可能と言えません。にもかかわらず、こうしたことが起きているのは大変残念で、恥ずかしいことだと思います。

自宅待機期間を3日に短縮するためのプロセスも、ひどいものでした。

待機期間を短縮するためには、ビジネスなどの目的に沿った行動計画を監督省庁に提出し、それが承認される必要がありました。大学の場合は文部科学省、企業の場合は経済産業省、といった具合です。

監督省庁の承認が必要ということは、省庁の権限が強まることを意味します。大学教員の場合、創造性を生み出すために大学の自治や自由な研究活動は非常に重要です。良い研究を行うためには批判力も不可欠で、そうした自由な雰囲気こそが、活力を生み出す根源となります。それは、先人たちが苦労して手に入れた財産でもある。省庁は本来、そうした活動を支援するべき立場にあるはずです。にもかかわらず、個人の行動を監督・承認するというのは本末転倒だと言わざるをえません。

取材に応じる岸田首相
首相官邸でオミクロン株の水際対策などについて取材に応じる岸田首相=2021年11月29日(撮影・朝日新聞)

基準不明確で薄れる実効性

加えて問題なのは、だれが何を基準に承認したり否認したりするのかの基準が不透明だったことです。

基準が明確で透明性がないと、恣意(しい)的に使われる余地が生まれます。そもそも、どのような計画であれば待機短縮に該当するのかという判断自体がきわめて難しく、ケース・バイ・ケースとならざるをえない。判断基準をつくり、審査すること自体が困難と考えるのが自然です。その審査が監督省庁ごとに分かれていれば、省庁ごとに運用実態が変わることも容易に想像できます。

きちんと判断しようとすればするほど、審査には膨大な時間と労力がかかります。これまで控えていた移動を再開したいと考えている人は少なくないでしょうから、申請者も相当な数にのぼるはずです。文部科学省からは、審査に3週間ほどかかると言われました。

しかし、仕事の予定が直前で変わることはよくあります。にもかかわらず3週間前に申請しないといけないとなれば、とりあえずの予定で申請し、現実にはそれとは異なる行動をとることも当然起きる。そうなれば、「水際」の実効性そのものが薄れてしまいます。審査にかかる労働力や事務的コストを、もっと他に回すべきです。

こうした矛盾だらけの仕組みを目の当たりにすると、そもそも、ビジネス目的に限って待機期間短縮が可能となる、という論理自体が間違っていることに気がつきます。ビジネスだろうがプライベートだろうが、人と人との接触が感染を広げるわけですから、リスクは変わりません。

むしろ、限られた人数の家族や友人と会ったり、屋外で遊んだりするほうが、会議室にこもって会議や打ち合わせをするよりも感染拡大リスクは小さいとさえ言えるのではないでしょうか。

ニューヨークの中心部に設けられた検査場に並ぶ人たち
ニューヨークの中心部に設けられた検査場に並ぶ人たち=2021年12月17日(撮影・朝日新聞)

ビジネス目的の渡航であれば待機期間を短縮することにしたのは、停滞しているビジネス交流を再開させ、経済を活性化させたいからでしょう。そのこと自体は重要です。

しかし、計画を出させて管理しようとしても、仕事後に友人と会ったり、コンビニに立ち寄ったり、ということまで管理しきれるはずもない。それでも事前承認制としたのは、責任の所在を明らかにしておきたいからかもしれません。

ですが、責任の所在が明らかになれば感染リスクを回避できるというものでもありません。責任の所在というなら個人を起点にすべきですが、組織の責任を考えるところに日本的な特性があるように思います。

持続可能社会へ人間の理解を

こうして考えると、事前審査自体がナンセンスであり、渡航目的にかかわらず検査をしっかり行い、ワクチン接種の有無によって行動や待機制限を一律に個人レベルで決める、という米国政府の対策や、追跡アプリの充実をはかるほうにコストをかけている国のほうが、はるかに効果的かつ効率的に見えてきます。

労働力や事務的コストをかけて監督権限を高めたところで、人間の行動をコントロールしきれるわけではありません。それは歴史を見ても明らかですし、持続可能でもありません。そしてそれは人権問題にもかかわってきます。

東京・港区の雑居ビル角にある新型コロナPCR検査センター
東京・港区の雑居ビル角にある新型コロナPCR検査センター=2021年12月24日(撮影・朝日新聞)

人間とはどういう生き物なのか、ということへの理解をもっと深めることで、そうしたこともよりよく理解できるように思います。日本では大学教育でも人文学を軽視する傾向が強くなり問題になっていますが、こうした政策を見るにつけ、そのひずみが出てきてしまっているという気がしてなりません。

オミクロン株が猛威をふるうなか、アメリカでも感染者数が爆発的に増えてきています。しかしアメリカにいて、これが入国規制や特定国からの入国の問題だという論調は聞かれません。むしろ、国内でのワクチン接種やブースター接種(3回目接種)を加速したり、検査をもっと充実させたりするべきだという論調がもっぱらです。

日本での感染者数が抑えられているのは、水際対策の効果も寄与しているのかもしれません。ですが、水際対策を行うとしても、感染の有無や感染リスクの大小による入国者の区別と、人種や国籍による差別とを混同することは絶対に避けなければいけません。

WHOは特定国からの入国拒否について「渡航のアパルトヘイト(人種隔離)だ」とし、強く批判しています。人種や国籍、さらには渡航目的によって分けるのではなく、悪いのは感染症自体だという本質に立ち返れば、別の区別の仕方が見えてくるはずです。どのように渡航者を受け入れ、どのように経済を再活性化させるかも明らかになるでしょう。

オンラインでできることはオンラインで実施し、接触をできるだけ減らして新たなビジネスを進める、というコロナ禍の教訓を盛り込んでいくことで、ここからの立ち上がりが持続可能な未来へと続くきっかけとなります。

パンデミック対策を言い訳に、権威主義や差別を認めたり、そうした動きを助長したりすることは、結局日本にとってマイナスにしかなりません。こういう時だからこそ、グローバルな世界の中で日本が何を目指していくべきなのかを考え、生かしていくべきだはないかという思いを強くするところです。オミクロン株が猛威をふるう今こそ、今後の水際対策のあり方、そして解除への道のりもきちんと考えておくべき時でしょう。

年末、医療従事者を対象に行われた3回目のワクチン接種
年末、医療従事者を対象に行われた3回目のワクチン接種(撮影・朝日新聞)
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