元ミステリーハンターが呼びかける「革命」とは エシカル協会代表・末吉里花さん

生活者にこそ、社会を「エシカル」に変える力が備わっている――地球環境や人権に配慮した消費の啓発を進める末吉里花さんは、かつて人気テレビ番組のリポーターでした。世界を旅したなかで発見した、今にいたる原点も含めて、新著『エシカル革命』(山川出版社)に込めた思いを語ってもらいました。(聞き手 編集部・浜田知宏)
一般社団法人エシカル協会代表理事。1976年生まれ。慶応義塾大学総合政策学部を卒業後、TBS系テレビ番組「世界ふしぎ発見!」のミステリーハンターとして世界を巡る。フェアトレードに関する講座を開いたのを機に2015年、エシカル協会を設立。エシカルな暮らし方が幸せのものさしとなる持続可能な社会の実現のため、日本全国でエシカル消費の普及を目指している。著書に『はじめてのエシカル』『じゅんびはいいかい?名もなきこざるとエシカルな冒険』ほか。
キリマンジャロの山頂で
――それでは、「ミステリーハンター」だった末吉さんに、最初のクエスチョンです。今回出されたご本は『革命』。ラジカル(急進的)なタイトルには、どんなねらいがあるのでしょう。
革命とは、これまで普通だったことがそうではなくなることです。いま、世界を変えないと、人間は暮らしていけなくなる。地球は、そんな待ったなしの危機に直面しています。一人ひとりが行動を変えなければいけません。
逆に言えば、私たちは大きな変化を起こすことができる。社会のシステム自体を変えていく大きな力が私たちみんなに備わっているのに、そのことを知らないのは本当にもったいない。生活者の声や消費の力で世界を変革できることを知ってほしい。「革命」には、そういう思いを込めています。
直訳は「倫理的な」。最近は、社会や制度、モノやサービスが地球環境や地域性、人権などに配慮したうえで成り立っているかどうかを重視する考え方や生き方、ライフスタイルを指すことが多い。「エシカル社会」「エシカル消費」「エシカルファッション」など。
――エシカルに関する活動を始めたきっかけは、「世界ふしぎ発見!」だったそうですね。
2004年、番組の取材でアフリカ最高峰のキリマンジャロ(5895m)に登ったんです。地球温暖化で消えかけている山頂の氷河を見に行くのが目的でした。途中、標高1900mにある小学校を訪ねたら、子どもたちが「どうか再び氷河が大きくなりますように」と祈りを込めながら、木を植えていたんです。
彼らの生活用水の一部は雪解け水に頼っているので、氷河がなくなることは死活問題です。温暖化を防ぐために、また麓付近の自然を豊かにしていくために、子どもたちなりに少しでもできることをしようとしていたのです。「私たちはあんな高い山に登れないから、お姉ちゃん、代わりに氷河を見てきて」と言われました。

山頂の光景は衝撃的でした。氷河はもともとあったとされる大きさの1~2割にまで減っていました。植樹していた子どもたちの表情が頭の中に浮かび、心が揺さぶられました。日本で暮らす私たちの生活が、キリマンジャロのように遠く離れたところにまで影響を及ぼしているかもしれない。そう思ったら、いてもたってもいられなくなりました。
社会課題や環境問題に特に関心があるわけでもなく、自分が着ているものがどう作られ、食べたものにどんな背景があるのかなんて考えずに暮らしてきた私が、「変えなきゃ」と思ったほど大きなショックだったのです。
葛藤からのスタート
――2015年にエシカル協会を設立しました。
学校や企業での講演活動を通して、エシカルな考え方や暮らし方について普及・啓発しています。一人ひとりが一歩を踏み出せるよう、背中を押すことを意識しています。

協会を立ち上げた2015年は、SDGsが採択された年でもありますが、当時はエシカル消費もSDGsも日本では耳慣れない言葉で、ほとんど話題になりませんでした。企業の人たちと話しても「それってお金になるの」「社会貢献だよね」という反応がほとんど。批判的というより、今までにない新しい考え方がわからないようで、なかなか受け入れてもらえない。そんな葛藤からスタートしました。
――6年たった今、社会の変化を感じますか。
まったく違いますね。企業も学校も、そして一般の人も、みんなが「知りたい」「大切に違いない」「必要な考え」と、すごくポジティブな可能性を感じてくれるようになり、協会への問い合わせも増えています。コロナ禍になってさらに、エシカルな暮らしを求める人が増えたように思います。本当に大切なものと必要でないものを見極めるようになった人が多いのではないでしょうか。
ただ、今はまだ過渡期だとも感じます。企業に勤める人から「何かしたいけれど、職場で理解を得られるだろうか」という悩みを聞くこともあります。でも、話してみたら共感してくれる人が実は身近にいたということもありますし、勇気を持って踏み出した先には新しい世界が待っています。
金融機関で働くある女性は、社内の勉強会でエシカルな暮らしについて思い切って話したところ、同僚から「ありがとう」と声をかけてもらったそうです。とても励みになっただけでなく、それがきっかけで社内の人たちから「環境に配慮した洗剤を購入するようになった」など、今も日々の選択の変化について報告を受けていると聞いています。
「100%エシカル」でなくても
――声に出して動き始めることが大事だと。
はい。でも、極端ではなくていいんです。いまの日本で「100%エシカル」に生きるのは無理です。あらゆる製品にプラスチックが使われ、エシカルではない食品や衣類があふれていますから。社会のシステムが不完全だと、「エシカルな暮らしをしたい」と思ってもできないことが多い。だからこそ、そんなシステム自体を変えていくために、社会に、企業に働きかけることが大事です。私自身、「100%エシカル」な人間ではありません。なので、自分としては改善を積み重ねることで身の丈にあったところを目指すよう心がけています。

――「企業に働きかける」と言われても、戸惑う人がいるかもしれません。
お金の使い方は、一つの手です。「買い物は投票と同じ」と言われますが、どの商品を選ぶかで、企業に自分の意思、応援の気持ちを伝えることになります。逆に、お金を使わない意思表明もありますね。あえて買わない。「もっと違う商品を売ってほしい」「こういうサービスに変えてほしい」という声を届け、変化を後押しする。買い物は私たち生活者の「権利」なのですが、日本ではそうした意識はまだまだ低いと思います。
企業側にも自分たちで変わる努力をお願いしたい。例えば、現状をありのまま公表することです。日本では「達成できるまでは、『やってます』とアピールしないことが美徳」といった風潮があるかもしれませんが、目標はきちんと示した上で、「できていない現状」も含めて率直に表に出したほうが、むしろ生活者の理解を得られ、応援してもらえるのではないでしょうか。
紙は? コーヒーは? 調達から始めて
――どこから手をつけるべきかわからないという企業も少なくなさそうです。
いま、企業は「エシカル」を実践する難しさに直面していると感じています。環境にも人権にも取り組み始めてはいるけれど、なかなか全部を一気には切り替えられない。追加コストがかかり、商品の値段が高くなれば、生活者に選ばれなくなるという課題もある。
私は「本業部分で取り組むことが大事ですが、まずは調達に目を向けてほしい」と呼びかけています。例えば、コピー用紙を認証マークのあるものに切り替えたり、来客用のコーヒーをフェアトレード商品にしたり。まずはトライしてみましょう、と。社員の方たちにも「それぞれ生活者として暮らしの中でできることを実践して。そうすると、達成する力やアイデアが湧いてきて、仕事につなげることができます」と伝えています。

エシカルに正解はありません。トライアル・アンド・エラー。自分たちで考えて実践し、間違っていたら修正して次に挑戦するという心構えでいきましょう。重く受け止めすぎると、かえって踏み出しにくくなります。「やってみる」は、わくわくする楽しいもの。悩まずにとにかく始めてみるのがいいと思います。
世界の流れから見ても、残念ながら日本は遅れています。大企業は動き始めているところもありますが、日本企業の1割以下にすぎません。9割以上を占める中小企業のこれからが、カギを握っています。

――「エシカル」への感度は、若い世代のほうが高いですね。
協会の活動で中学生から大学生ぐらいまでの世代と接していますが、彼ら、彼女らが抱いている将来への危機感や不安感は、大人よりもずっと切実ですね。学校でSDGsやエシカルな問題について学ぶ機会が増えてきていることもあり、彼らのほうがいまの地球の課題に詳しいですよ。
若い世代は発信力も強いので、すでに自分が好むもの、応援する企業について発信し始めています。ときには「こんな企業の商品は買わない」といったネガティブな情報もありますから、企業はうかうかしていられません。10年後、20年後には彼らが生活者の中軸になる。選ばれ続けるためには、いま変革のために一歩踏み出すことです。
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