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【国際小児がんデー】小児がんと闘う子どもや家族に思い出を 医療者が支えるスマイル

【国際小児がんデー】小児がんと闘う子どもや家族に思い出を 医療者が支えるスマイル
「SmileSmilePROJECT」を利用して東京ディズニーシーを訪れた小児がんの女の子と家族、スタッフら。左端は吉岡春菜さん=2019年9月、千葉県浦安市(ジャパンハート提供)
ジャパンハート理事長/吉岡春菜

2月15日は「国際小児がんデー」。国際医療NGOのジャパンハート(東京)は、カンボジアでの小児がん患者への無償治療活動が評価され、2021年のジャパンSDGsアワードでSDGs推進副本部長(外務大臣)賞を受賞しました。国内でも小児がんと闘う子どもや家族の思い出づくりを支援する「SmileSmilePROJECT」に取り組んでいます。理事長で小児科医の吉岡春菜さん(42)に、活動の現状や思いを尋ねました。(聞き手 編集部・竹山栄太郎)

吉岡春菜(よしおか・はるな)
1979年大阪府生まれ。2003年に川崎医科大学医学部を卒業、独立行政法人国立病院機構岡山医療センターで小児科専門研修を受け、ジャパンハート創設者の吉岡秀人さん(現・最高顧問)と結婚。ミャンマーでの研修、岡山県の病院勤務を経て2011年、東日本大震災の医療支援をきっかけにジャパンハートに入職。2017年から理事長。

原点は戦没者の慰霊

――ジャパンハートの活動について教えてください。

2004年、吉岡秀人というひとりの小児科医が立ち上げた団体で、ミャンマー、カンボジア、ラオスと日本国内で医療を柱として活動しています。

原点は戦没者の慰霊でした。第2次世界大戦中、ビルマ(現在のミャンマー)で亡くなった方の家族や友人がつくる慰霊団に、医師の同行がないと慰霊の旅に出られない方がおり、吉岡秀人に声がかかったところからご縁が始まったのです。戦地を経験した方は「ミャンマーの人に食べ物を分けてもらった」「逃げ道を教えてもらった」と言って、恩返しのために現地で井戸を掘り、学校を建ててきました。しかし高齢化で活動が難しくなり、「医療が届かないところで困っている人たちに医療を届けてほしい」と吉岡秀人に依頼がありました。それが活動の始まりです。

ジャパンハートの活動は、医療者を中心としたボランティアに支えられています。カンボジアでは2016年に病院を開き、2018年からは小児がんの治療を始めました。

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ミャンマーの日本人学校で健康診断をおこなう吉岡春菜さん(中央)=2019年(ジャパンハート提供)

治療できれば8割は回復

――小児がんとはどんな病気なのでしょうか。

15歳未満でかかるがんの総称です。白血病や脳腫瘍のほか、神経芽腫といった病気が含まれ、日本では年間2500~3000人が診断されています。

治療を始めれば約8割の子どもたちは命をとりとめ、「サバイバー」として生きていきます。ただ、成長期に強い抗がん剤や放射線の治療を受けた影響は残ります。脳腫瘍の子は物が二重に見える「複視」が残ることがあります。あるいは、病気によっても違いますが、ホルモンの分泌がうまくいかず薬を飲み続けなければならない、身長が伸びにくい、体力が戻りにくいといった困りごとがあります。また、10年後や20年後に新たながんを発症しやすいことも知られています。病気が治っても「はい、終わり」とはならず、合併症などを抱えながら就学や就労、結婚、妊娠・出産などをしていくことになります。

2割の子どもたちは、お父さんお母さんより先に亡くなっていくのが現状です。

――病気の発見や治療に関して、大人と違う点はありますか。

言葉をあまり話せない小さな子は、ずっと不機嫌だったり、発熱が続いたりすることで周りが気づくことがあります。「痛い」と言えるようになれば発見しやすくなりますが、「子どもががんになる」というのはイメージされづらく、診断は大人より遅れがちだと思います。部活動をがんばる子が「肩が痛い」と一生懸命訴えたのに「部活のせいじゃないのか」「成長痛では」などと言われ、ようやく病院に行ってみたら即入院になったという例もあります。治療自体は抗がん剤が効きやすいなど、大人より反応がいいことが多いです。

発症すると、少なくとも半年、長ければ1、2年と入院することになります。お母さんが付き添う場合は、お父さんがほかのきょうだいの面倒をみる必要があります。当事者の子とお母さんが遠くの病院に滞在し、ご家族は自宅に残る例もあります。家族がバラバラになり、きょうだいも我慢の時間が続きます。経済的な負担も深刻です。

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カンボジアで子どもの巡回診療をおこなう吉岡春菜さん(左)=2012年(ジャパンハート提供)

「もう一度あの場所に」

――吉岡さん自身がリーダーを務める「SmileSmilePROJECT」は日本国内のプロジェクトですね。どんな取り組みですか。

小児がんと診断された子どものうち、治療を終えて元気になる子はたくさんいますが、残念ながらそうではない子もいます。治療の手立てがなくなり、緩和ケアを受けて亡くなっていくお子さんの最後の下り坂のところを、ご家族は見ていかなければいけません。そんなときでも「もう一度あの場所に行きたい」「きょうだいで思い出を残したい」という希望をかなえられれば、お子さんを亡くされた後のご家族も悲しみを昇華していけるのではないか。それも一つの医療の形ではないかと思い、活動しています。

ご家族は病気を代われるものなら代わりたいし、1%でも望みがある治療があれば受けさせたいと思うものです。でもそんなものはなく、子どもが亡くなるまでの時間を過ごしている。ジャパンハートに問い合わせ、子どもの希望をかなえられれば、「子どものためにできることがまだある」と思える。それもご家族の支えになります。

プロジェクトには、ご家族から希望を聞いて医療者が付き添う個別旅行や、協賛企業を募り何組かをディズニーランドやキッザニアに招待するイベントがあります。小児がんの現状や課題を広く知ってもらおうと、ボランティアとして参加できる仕組みもつくりました。

プロジェクトの開始は2014年。参加した家族は当初の年間10組ほどから年々増えており、2021年度は、今後の予定も含めて72組の家族、180人に利用していただくことになります。

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「SmileSmilePROJECT」を利用してユニバーサル・スタジオ・ジャパンを訪れた女の子(右)と吉岡春菜さん=2021年10月、大阪市(ジャパンハート提供)

――どんな経緯で始まったのですか。

ジャパンハートの支援者でもあるひとりの女性が書いた冊子を読んだのがきっかけです。女性は30年ほど前に、幼い息子さんを白血病で亡くしました。闘病の間、息子さんは「おうちに帰ってハンバーグを食べたい」「ディズニーランドに行ってみたい」などと、いろいろな希望をお母さんに伝えました。でも、お母さんが医療者に相談しても「何言ってるんですか、治療中にそんなことできるわけないでしょ」と言われ、息子さんはおうちにも帰れず、病院で亡くなったそうです。

お母さんはこんな詩を書いています。1週間だけでいいから、息子さんがおうちに帰ってきたら、飛行機に乗せてあげたいし、ディズニーランドにも連れていってあげたい。ハンバーグをつくってあげたいし、キャッチボールもしたい。最後の1日は思いっきり抱っこさせてほしい。私はそれを読んで、当時のことを後悔されているんだなと感じました。

いままさに小児がんの治療に向き合っているご家族も、同じような希望を持ちつつ、なかなか主治医や周りの医療者に気持ちを伝えられていないのでは。ジャパンハートのように、病院の外にいる医療者が集まった団体なら、希望をかなえられるのではと考えたのです。

プロジェクト名の二つの「スマイル」には、当事者の子どもに加え、ご家族、ボランティアの方も、支援する側、される側の垣根なしにみんなが笑顔になれたらという思いを込めました。

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吉岡春菜さん(ジャパンハート提供)

覚悟決めた温泉旅行

――プロジェクトのなかで特に印象に残っていることを教えてください。

脳腫瘍と闘う5歳の女の子のご家族から「娘の大好きな温泉に連れていきたい」という依頼を受け、私と看護師が付き添い、箱根に行きました。その子は腫瘍が治療できる場所になく、病気の勢いが強くて、いつ急変して意識を失ってもおかしくない状態でした。それでも、「ロマンスカーに乗りたい」「家族みんなで泊まりたい」といった本人の希望をなるべくかなえるかたちで、おじいさんやおばあさんも参加してくれました。

お部屋の温泉につかった女の子は、「あぁ気持ちいい」と言ってすごくリラックスした表情になりました。お母さんに「お子さんの様子を見ておくので、ゆっくり温泉に入ってきてください」と勧めると、戻ってきて「気持ちよかった。自分のための時間を10分でもとったことがなかったので、よかったです」と言っていました。

女の子は終始楽しく笑顔で過ごしてくれて、おうちに帰りました。翌日に急変して病院に運ばれ、そのまま亡くなりました。

ご家族はその後、「あの子の気持ちよさそうな顔や、笑顔でおなかいっぱい食べてくれたことが印象に残っています。覚悟して温泉に連れていって、楽しそうな姿を最後に見られて本当によかったです」と話していました。

私にとって何より印象的だったのは、家族が喜ぶ姿を見て女の子自身が喜んでいたことです。5歳の子でも家族には笑顔でいてほしいし、自分のせいで家族がつらい思いをしているのは嫌で、きっと自分のことより家族を温泉に連れていきたかったんだろうなと感じました。

――コロナ禍で活動にどんな影響が出ていますか。

SmileSmilePROJECTは時間のないご家族のことを考えて、止めないと決めました。コロナ禍でも依頼があれば、感染症対策をしたうえでお連れしています。招待イベントは緊急事態宣言の間は中止・延期しています。

海外での活動は渡航の制約の影響を受けています。当初はカンボジアに行くと2週間の隔離、日本に帰国すればまた2週間の隔離と、1度の往来で約1カ月間の隔離が必要となり、短期のボランティアをなかなか受け入れられませんでした。現地のスタッフと日本からの数人で支え、止めずにいる状況です。

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カンボジアの病院で、退院する子どもやスタッフと記念撮影する吉岡春菜さん(後列中央、ジャパンハート提供)

――感染者のクラスターが発生した医療機関などをサポートする「クラスター支援」にも取り組んでいます。

要請のあった医療機関や社会福祉施設へ、これまでに約100カ所、看護師や調整員のべ約300人を派遣して、現場の医療者の後方支援をしています。沖縄県では要介護濃厚接触者の隔離施設も運営しています。

ジャパンハートの根底にあるのは、困っている人がいたら何とかしたいという思いです。クラスターが発生した医療機関では、何十人もの入院患者をひとりの夜勤スタッフがみるような事態も起きています。そのようなところから派遣の要請があれば、可能な限り対応してきました。フリーの医療者がストックされているジャパンハートならではの取り組みだと思います。

目の前のひとりを助ける

――カンボジアでの活動が評価され、ジャパンSDGsアワードを受賞しました。

非感染性疾患(注)である小児がんを無償治療しているだけでなく、現地の医療機関と協力態勢を築いて手術が必要とされた子を紹介してもらい、日本の大学病院と定期的にカンファレンスを持って日本の技術を現地に提供していることが、受賞の背景にあります。

(注)SDGsのターゲット3.4では「2030年までに、非感染性疾患による若年死亡率を、予防や治療を通じて3分の1減少させ、精神保健及び福祉を促進する」と掲げられている。

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治療を受けるカンボジアの子どもたち(ジャパンハート提供)

途上国では、「先生たちがいなくなったら元に戻ってしまう。もっと公衆衛生や保健活動でマス(大衆)を見て活動したほうがいいのでは」と言われることもあります。

でも、やはり医療というのは、目の前のひとりに対して自分の医療技術や知識を最大限発揮し、助けていくという、ちまちました活動以外の何ものでもありません。それを信じてやってきたことで、各地で年間3万件を超える治療ができるまでに活動が広がったと思います。

――小児がんと闘う子どもや家族のために、一人ひとりができることは何でしょうか。

まずは知ってもらいたいです。例えば、小児がんの治療中は免疫力が落ち、カンボジアでは屋台で買った不潔なものを食べて命を落とす子どももいます。日本の子どもも、生ものやフルーツ、発酵食品を食べられない時期があります。

家族でお誕生日ケーキを食べたくても、生クリームが食べられないのでしょんぼりしているご家族がいると私たちが発信したら、ケーキ屋さんが「生クリームを使わないケーキをつくりますよ」と言ってくれたことがありました。このように、現状を知ることが、自分に何ができるのかを考えるスタートになります。

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