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映像授業の「やさしい字幕」で学習支援 学びをあきらめない社会へ【#チェンジメーカーズ】

映像授業の「やさしい字幕」で学習支援 学びをあきらめない社会へ【#チェンジメーカーズ】
教員向けに研修をする中村孝一さん(右端、eboard提供)
eboard代表理事/中村孝一

社会課題解決のために奮闘するキーパーソンを紹介するシリーズ「#チェンジメーカーズ」。今回は、無料のICT教材eboard(イーボード)を手がけるNPO法人eboardの代表理事、中村孝一さん(35)です。ろうや難聴の子、日本語支援が必要な子らのオンラインでの学びを支えるため、ボランティアの力を借りて約2000本の映像授業に字幕をつけた「やさしい字幕プロジェクト」が評価され、2021年のジャパンSDGsアワードでSDGs推進副本部長(内閣官房長官)賞を受賞しました。(聞き手 編集部・竹山栄太郎)

中村孝一(なかむら・こういち)
1986年生まれ。兵庫県出身。2009年に大阪大学を卒業し、外資系コンサルティング会社に入社。2011年にeboardを創業し、2013年に退社してNPO法人化した。映像授業では小学校の算数や中学校の数学、英語などの先生を務めている。

約2000本の映像授業を無償公開

――eboardとはどんな団体ですか。

「学びをあきらめない社会を実現する」をミッションに掲げたNPO法人です。オンラインで映像授業を受けられるICT教材の「eboard」を開発・運営し、経済的な理由や不登校、障がい、言葉の壁などさまざまな理由で学ぶことをあきらめてしまっている子どもたちを支援しています。利用者は毎月約20万人。約1200カ所の教育現場でも使われています。

――映像授業とはどのようなものでしょうか。

主に小学1~6年生の算数、5~6年生の理科・社会と、中学1~3年生の国語、数学、理科、社会、英語の教材があり、学習の苦手な子が使うことを想定しています。

学習の苦手な子の多くは、学び直しを必要としています。例えば、中学3年生なのにアルファベットがうまく書けない。あるいは小学校の算数で習う小数や分数でつまずき、中学の数学が全然わからないという子もいます。映像授業があれば、わからないところを自分で復習できます。eboardにはデジタル用のドリルもあり、サポートが得にくい環境でも自力で学べるようにしています。

教育現場でもeboardを使ってもらい、先生方に教える部分を手放してもらうことで、それぞれの子の状況や学び方を見極め、学習意欲に働きかけることにエネルギーを使ってほしいと考えています。

eboardの「e」はeducation(教育)とelectronic(電子的な)のe。「board」は一斉授業を象徴するblackboard(黒板)からとっています。従来型の学びからこぼれてしまっている子をサポートしたい、という思いを込めています。

ICT教材「eboard」の画面
ICT教材「eboard」の画面(eboard提供)

――利用料金はかかるのですか。

個人と公立学校、非営利活動については無償です。学習塾などビジネスで使う場合は、ほかの教材より安いですが、利用料をいただいています。

いつでもどこでも必要があれば使える教材が、社会に一つだけでも必要だと私たちは思っていて、無償で続けることに意義があると考えています。NPOの運営は寄付と、有償で使っていただく際の事業収入、財団などからの助成金という三つの柱で成り立っています。

30秒で引きつける

――授業の特徴や、工夫している点を教えてください。

特徴の一つは映像の短さで、教科にもよりますがだいたい7~8分に収めています。また、講師の顔が出ないことも特徴です。不登校の子などには「先生の顔が映るとしんどい」という子がいますし、画面に余計なものが映るとフォーカスできない子もいるので、学習内容に集中できると評価されています。個別指導や家庭教師の先生に近いイメージで、その子に語りかけるようにしています。

いまの子どもたちはYouTube上でいろいろなコンテンツを見られるので、見切りが早い。冒頭30秒間で動画の内容や価値を伝えたり、おもしろい問いを投げかけたりして、できるだけ関心を持ってもらうようにしています。

中村孝一さん
中村孝一さん(eboard提供)

――現在の教育環境にはどんな課題があるでしょうか。

課題は二つに分けられます。一つは環境面で、例えば家庭の経済的な事情や、地域に塾がないなどの地理的な事情です。もう一つはその子自身が持つ特性や障がいなどの条件による学びづらさです。

2点目に挙げた、その子自身の特性や障がいという課題のほうは、発達障害という言葉が知られるようになるなど以前より見えやすくなり、社会全体でのサポートが充実してきています。ただ、コロナ禍で、よりきめ細かな支援が必要になっています。GIGAスクール構想(注)や社会のデジタル化の後押しもあり、私たちeboardが力になれる領域でもあります。

(注)GIGAスクール構想
小中学校の児童・生徒に1人1台の端末を配り、高速大容量の通信ネットワークを整備する計画で、文部科学省が2019年に打ち出した。GIGAは“Global and Innovation Gateway for All”の略。

逆に、一つ目の環境面の課題は、私たちだけではどうしようもできないところがあります。困窮している家庭の子や外国につながる子にeboardは届きにくいので、そのような子たちの支援団体による学習支援現場や子ども食堂を通じて、働きかけています。ツールだけでは課題を解決できず、社会全体で取り組む必要があります。

一斉休校で字幕の要望

――「やさしい字幕プロジェクト」の内容や経緯を教えてください。

eboardの映像授業にわかりやすい字幕をつける取り組みで、2020年9月に始まりました。きっかけはコロナ禍を受けた2020年春の全国一斉休校でした。

この時期、ICT教材を無償提供した企業はありましたが、「それでも学べない子がいる」という問い合わせがeboardに寄せられました。特に目立ったのはろう学校の先生や親御さんらからの字幕を求める声です。外国につながる子たちも困っていると聞きました。そこで「何とかできないか」と動き出したのです。

まず、私とスタッフで字幕をつけて、ろう学校の先生に見てもらいました。当初は音声認識による自動文字起こしを少し手直しすればいいかなと思ったのですが、そうではなかった。講師が話す内容をそのまま字幕にしたものは「難しい」と言われたんです。ろうの子たちはふだん聞こえてくる日本語の量が少なく、日本語の読み書きの発達が遅れがちだからです。

その後、できるだけわかりやすくつくり直し、使ってもらえるレベルにできましたが、そのための編集は人力でないと無理だとわかりました。そこで、過去に支援してくれた企業や寄付してくれた方に呼びかけて、方策を検討しました。試算したら、スタッフを雇って字幕をつけるには3000万円ぐらい必要でした。

企業の方からは「大きな金額は出せないが、ボランティアなら出せる」。それまでリアルでおこなっていた清掃活動などがコロナ禍で難しくなり、オンラインでできるボランティアを探していたのです。いったん1600本に字幕をつけることを目標にし、企業と個人、500人ずつのボランティアを集めることにしました。

字幕がつけられたeboardの画面
字幕がつけられたeboardの画面(eboard提供)

――たいへんな作業だと思いますが、どう実現したのですか。

苦労したのは個人ボランティアを集めることです。オンラインで説明会を開いても、最初は4、5人しか参加者がいないこともありました。ただ2020年末にコロナ禍の第3波が広がり、ボランティアの希望者がぐっと増えました。年末年始になかなか外出できないなか、社会貢献したいという方が多かったようです。

「やさしい字幕」にするためには、文章の構造を主語・述語が一つずつの単文にしたり、話し言葉を読みやすい文章に直したりすることが必要です。7~8分の映像に字幕をつけるのに4時間もかかるのですが、1人で10本もつけてくれたボランティアの方もいました。16の企業・団体と1000人以上の協力を得て、2021年6月に目標の1600本に字幕をつけ終え、その後約2000本に増やしました。

聴力に問題はないけれど聞いた内容を理解しづらい子や、集中するのが難しい子、ノイズ(雑音)に過敏な子たちが、字幕つきの映像授業を使って学んでくれたという声が届きました。

ジャパンSDGsアワードで内閣官房長官賞を受賞した<span>中村孝一さん</span>
第5回ジャパンSDGsアワードで内閣官房長官賞を受賞し、表彰式に臨んだ(左から)松野博一官房長官、eboardの中村孝一代表理事、岸田文雄首相、林芳正外相=2021年12月24日、首相官邸(eboard提供)

「いずれネットで学ぶ時代が来る」

――中村さん自身のいまにつながる原点や、これまでの歩みを教えてください。

最初のきっかけは、学生時代に学習塾でアルバイトしたことです。普通のバイトより給料がいいし、子どもが好きだったからというぐらいの理由でした。教えているうちに、不登校の子や学校の授業がわからない子がいることにショックを受けたんです。そこからのめり込んでしまい、子どもたちが「わかった」と言ってくれることにやりがいを感じるようになりました。

将来は教育に関わりたいという思いはありながら、現場でできることの限界も感じ、大学卒業後は民間企業に就職しました。そのころ、スマホが普及し始め、欧米を中心にオンライン学習が登場しました。ネットを使えば、課題を抱えた子どもたちの力になれるんじゃないかと思い、自分でやってみようと思ったのです。

――それで映像授業をつくったんですね。

最初は中学校の数学の授業を動画にしてYouTubeにアップしたのですが、誰も見てくれませんでした。働いていた塾などで見てもらい、改善していったのです。「いずれネットで学ぶ時代が来る。教材がないと、困っている子の課題を解決できない」という思いでした。そのうちに、子どもたちのために時間を使いたい思いが強くなり、会社を退職してNPOを立ち上げたのです。

いつでもどこでも学べるように

――今後の目標を教えてください。

全国のろう学校には、高校生も入れて8000人ぐらいが通っています。世の中にはいろいろな映像授業がありますが、字幕が必要な子は少ないので、もうけを考えればその子たちのためだけに字幕をつけようということにはなりにくいのが実情です。とはいえ字幕が必要な子は確実にいます。企業では取り組みにくいこのような課題に、今後もNPOとしてしっかり取り組んでいきたいです。

「学びをあきらめない社会」は、私自身のミッションでもあります。知的な進歩を閉ざしてしまうと、その子の可能性は閉ざされてしまいます。学校の勉強でなくても、関心を持って取り組める何かをあきらめず、可能性を開いてほしい。多くの人と一緒に、学びをあきらめない社会を実現していけたらと考えています。

子どもに勉強を教える中村孝一さん
子どもに勉強を教える中村孝一さん(左、eboard提供)

――学びに困難を抱えている子どもたちのために、私たち一人ひとりができるアクションは何でしょうか。

一つはeboardを実際に見てもらって、世の中に残していく価値があると思えば、ぜひ寄付という形で私たちの活動に参加していただきたいです。

今回、やさしい字幕プロジェクトを通じて感じたことがあります。それは「人々の理解や認識が変わることは、社会全体が変わるきっかけになる」ということです。ボランティアに参加した方から「課題を知ることができてよかった。地元で別のボランティアに参加してみました」といった声も聞きました。関心を持ち、知ることに価値があるのではないかと思います。

竹山栄太郎
竹山栄太郎 ( たけやま ・えいたろう )
朝日新聞SDGs ACTION!編集部員。2009年に朝日新聞社入社。京都、高知の両総局を経て、東京・名古屋の経済部で通信、自動車、小売りなどの企業を取材。2021年から現職。
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