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五輪のカーボンオフセットに貢献! 東京都の脱炭素化「キャップ&トレード制度」の可能性

五輪のカーボンオフセットに貢献! 東京都の脱炭素化「キャップ&トレード制度」の可能性
フリーライター/松田慶子

2021年夏に開催された東京五輪が、二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロとする“カーボンニュートラル大会”だったことをご存じだろうか。実現のカギとなったのは「カーボンオフセット」と呼ばれる仕組みと、これに貢献した東京都独自の「キャップ&トレード制度」だ。それらをどのように活用したのか。担当者に聞いた。

CO2を投資などで相殺する「カーボンオフセット」

カーボンオフセットとは、削減しようとしても出てしまった二酸化炭素(CO2)を、別の場所の削減・吸収量で埋め合わせる(オフセットする)仕組みだ。

ある企業が自社のCO2の排出量をゼロにしたいと考えたとしよう。いろいろと努力してみたが、どうしても残り1tを減らせない。そこで、植林や森林管理などCO2吸収量を増やす取り組みを行っている自治体や、省エネ機器を導入してCO2削減に成功している企業などから1t分の吸収量や削減量を“クレジット”として購入する。これは自社の削減分としてカウントできるので、残っていた排出量1tと相殺して「実質ゼロ」を達成できる。これがカーボンオフセットの一般的な流れだ。日本で流通している主なクレジットには、削減量や吸収量を国が認証する「J-クレジット」がある。

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出典:農林水産省「平成26年度カーボンオフセットレポート」

東京五輪はCO2排出量すべてがオフセットされた、「カーボンニュートラル大会」だった。そのカーボンオフセットに用いられたのが、東京都独自の「キャップ&トレード制度」という仕組みを通して都内のオフィスビルなどから生み出されたクレジットだった。

東京都の環境局地球環境エネルギー部排出量取引担当課長の東川直史さんにどのような取り組みなのか、話を聞いた。

都内の大規模事業所に排出削減を義務付け

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東京都環境局の東川直史さん

「東京都キャップ&トレード制度」とは、「都内の大規模事業所に対する温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」の通称だ。温室効果ガス排出量の多い事業所に対し、排出限度(キャップ)を決めて排出量をその限度内にとどめることを義務づける。どうしてもはみ出てしまったら、他の事業所が義務以上に削減した分をクレジットとして購入(トレード)するなどして達成するというもの。「あくまでも事業所自ら、排出総量を減らすことが目的の制度です」と東川さん。

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出典:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」

キャップ&トレード制度自体は世界中にあるが、多くは、発電や鉄鋼といった「産業」を主な対象にしている。一方、東京版は、都市型の制度としては世界初。商業ビルやオフィスビルなどの「大規模事業所」を対象にしているのが特徴だ。具体的には、電気やガスの年間使用量が原油換算で1500kL以上の事業所。延べ床面積にするとだいたい2万㎡以上のビルが該当するという。

ただし、複数のビルで電気、ガスなどの受給システムを統一している場合や、所有者が同じビルが隣接している場合などは、まとめて1事業所と考える。東京都庁や六本木ヒルズなども、それぞれ1事業所だ。なお、排出削減の義務を負うのは、原則として事業所のオーナーだが、テナント事業者も削減に協力する義務がある。

大規模事業所を対象にするのは東京都ならではの事情からだ。

「都全体のCO2排出量は、1日約18万t、年間約5505万t(2019年度速報値)です。排出量の約半分がオフィスビルや工場などの業務・産業部門から出ています。そのうち 4割をわずか約1200の大規模事業所が排出しています」と東川さん。1カ所あたりの排出量が格段に多い大規模事業所に的を絞り、削減効果を効率的に引き出そうとの狙いだ。

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出典:東京都環境審議会第41回企画政策部会資料

もう一つの特徴が削減量の決め方だ。

「海外のキャップ&トレード制度では、国が産業部門ごとに割り当てた削減量を元に、各施設の削減量が決まります。それに対し東京都は各事業所の実績をもとに削減量を算出します。具体的には3年間の平均を出し、計画期間ごとに定めた削減義務率を掛けて決めます。当初は8%でしたが、現在は27%です。事業所それぞれが以前より減らす必要があります」

制度は5年間を1計画期間とし、期間内に削減義務量を達成すればいい。「空調機器を高効率なものに入れ替える、照明を全部LEDに変えるなど、1年単位ではできない大胆な対策を実施していただくためです」と東川さん。今は埼玉県も取り組んでいるという。

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出典:「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」

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出典:東京都環境局「大規模事業所への温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度(概要)」

削減義務量より多くCO2を減らせた場合、その分は「超過削減量」として売ることができる。反対に限度を超えて排出してしまった場合、他の事業所の「超過削減量」などのクレジットを購入して埋め合わせ、義務を達成する必要がある。できない事業所のオーナーには罰金が科せられる場合もある。

「大都市の責務」という思いが挑戦を牽引

東京の大規模事業所のCO2排出量を減らす取り組み自体は20年以上前から始まっていた。「各事業所にCO2削減計画書の作成と実施を求める『地球温暖化対策計画書制度』が2000年度に創設されました。しかしこの制度ではがなかなか削減が進まず、2010年度に削減を義務化する「キャップ&トレード制度」の導入に至りました」と東川さん。この制度は第4計画期間(2025~2029年度)まで実施が決まっている。

東京都は2019年に、「世界の大都市の責務として、2050年にCO₂排出実質ゼロに貢献する『ゼロエミッション東京』を実現する」と宣言。具体的なロードマップをまとめた「ゼロエミッション東京戦略」を策定した。2021年には、2030年までに温室効果ガス排出量を2000年比で半減すること、さらに電力利用における再生可能エネルギーの割合を50%程度にまで引き上げることを表明している。

キャップ&トレード制度は「ゼロエミッション東京戦略」の一部であり、建物の“ゼロエミ化”を進める上での主要施策と位置付けられている。20年以上前から大規模ビルのCO2削減に取り組み、世界初となる制度を着実に運用する。「“大都市の責務”という思いと、それを牽引(けんいん)する歴代知事の強い意志でしょう」と東川さん。

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オンライン開催された国際シンポジウム「朝日地球会議2021」(朝日新聞社主催)で、「ゼロエミッション東京の実現を目指す」と話す小池百合子・東京都知事(撮影・朝日新聞)

約8割の事業所が自己努力で削減達成! 余剰分の一部は寄付

第1計画期間(2010~2014年度)は約9割の事業所が、自らの努力で削減義務を達成。残り1割も排出量取引で義務を履行した。第2計画期間(2015~2019年度)はコロナ禍の影響で義務履行期限が2021年1月末日まで延期されたが、2021年6月時点で少なくとも79%の事業所がトレードすることなしに自らの力で削減義務を達成し、約2190万tを削減できたという。

事業所が自ら削減努力に取り組む背景には、「義務」というキャップの重さもあるだろうが、「それだけでなくCO2を減らそうという機運が高まっていることも事業者の背中を押していると思います」と、東川さんは分析する。

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東京パラリンピック開会式(撮影・朝日新聞)

東京オリンピック・パラリンピックの開閉会式の計4日間、都内すべてのCO2をオフセットする「東京ゼロカーボン4デイズ in 2020」のプロジェクトで使われたのも、こうしてできたクレジットだ。キャップ&トレード制度の対象事業者に、削減量の寄付を都が呼びかけたところ、153事業者から約418万tが寄せられた。このうち72万tがこのプロジェクトに使われた。

残りは「東京2020大会のカーボンオフセット」を目指す東京2020 組織委員会に提供し、大会に関連して排出されたCO2の196万tをオフセットしてもまだ余る結果となった。「カーボンニュートラル大会というより、カーボンマイナス大会といえますね」(東川さん)。東京五輪の評価はさまざまだが、東京という大都市でカーボンニュートラルに挑むうえでの、一つの可能性を見いだす機会となったのは確かだ。

最後に今後の政策展開を東川さんに聞いた。「今まさに、第4計画期間の制度のあり方を見直しているところです。キャップ&トレード制度で、CO2削減義務率を大きく上回った事業所をより高く評価していく、といったことも議論に上がっています」。実現すれば、東京都キャップ&トレード制度はESG投資を呼び込みたい企業にとって強みとなるかもしれない。

【著者プロフィール】
松田慶子(まつだ・けいこ)
フリーライター。健康、環境、教育分野での執筆多数。

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