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無精卵と有精卵を入れ替える ライチョウ復活大作戦④

無精卵と有精卵を入れ替える ライチョウ復活大作戦④
(撮影・朝日新聞)
山岳ジャーナリスト/近藤幸夫

国の特別天然記念物・ライチョウは、本州中部の高山にのみ生息する「氷河期からの生き残り」です。近年、生息数が激減し、絶滅の恐れが高まっています。環境省は2019年から中央アルプス(長野県)で、前代未聞の「繁殖個体群復活作戦」をスタートしました。当初から取材を続ける山岳ジャーナリストのリポートです。

art_00326_筆者(近藤幸夫)
近藤 幸夫(こんどう・ゆきお)
1959年生まれ。信州大学農学部を卒業後86年、朝日新聞に入社。初任地の富山支局で山岳取材をスタートし、南極や北極、ヒマラヤなど海外取材を多数経験。2022年1月、退社してフリーランスに。長野市在住。日本山岳会、日本ヒマラヤ協会に所属。

1年目は10日で全滅

2020年、環境省が進める中央アルプスの「ライチョウ復活作戦」は、2年目を迎えました。同省はこの年から5年計画で「第2期ライチョウ保護増殖事業実施計画」を策定。ライチョウ保護政策の中心的なプロジェクトに位置づけられました。

なぜ中央アルプスでライチョウを復活させる必要があるのでしょうか?

この計画の取り組み目標には「環境省レッドリストにおいて、絶滅のおそれの評価について『絶滅危惧ⅠB類』から『絶滅危惧Ⅱ類』へのダウンリストを実現する」が挙げられています。

ダウンリスト実現には、二つの基準があります。絶滅危惧ⅠB類の基準Bは、「生息地が5カ所以下」とあり、現在ライチョウが生息しているのは、北アルプス、乗鞍岳、御嶽山、南アルプス、頸城山塊の5カ所です。絶滅地域の中央アルプスを復活させれば、この基準を脱することができます。もう一つの基準Cは、「個体群の成熟個体数が2500未満」です。現在の推定生息数は2000羽弱。こちらはまだ時間がかかります。当面の目標は、基準Bからの脱却です。

2019年から始まった中央アルプスでの復活作戦は、北アルプス方面から飛来した1羽のメスがきっかけでした。この年、実験的に行われた「序章」は、同じ系統の乗鞍岳の野生のライチョウが産んだ有精卵と、このメスが産んだ無精卵を入れ替える奇抜なアイデアでした。

5羽のヒナが孵化(ふか)して、「卵の入れ替え作戦」は成功したかに思えました。しかし、悪天候のためか、もしくは天敵に襲われたのか、10日後の調査でヒナは全滅していました。この経験から、2年目は木枠と金網で作ったケージで、ライチョウ家族を保護する方法も実施することになりました。ケージ保護については、南アルプスの北岳周辺で地域絶滅から短期間で回復させた実績があります。

2020年2月、環境省の「ライチョウ保護増殖検討会」で、復活作戦2年目の取り組みが決定しました。1日がかりの会議を取材して「復活作戦は、どんどん複雑になってきた。果たして成功するのだろうか?」と感じました。

art_00326_本文1(木曽駒全景)
6月上旬の中央アルプス・木曽駒ヶ岳周辺。まだ雪が残る(筆者撮影)

2年目は両面作戦で

作戦は、今回からライチョウを人工飼育する動物園が協力することになりました。ライチョウ保護は、生息地で取り組む「生息域内保全」と、動物園など生息地以外の施設で取り組む「生息域外保全」に分けられます。動物園の人工飼育は、将来、繁殖した個体を野生復帰させる計画を視野に入れています。

まず2019年の実績から、飛来メスが産んだ無精卵と有精卵を交換することが決まりました。前年と違うのは、動物園で飼育されているメスが産んだ有精卵の移送です。そうすれば野生のメスの有精卵を使わずに済み、自然への負荷は軽減されます。遺伝的多様性を保つため、複数の施設から有精卵を集めて飛来メスに抱かせることになりました。

最も驚いたのは、乗鞍岳でケージ保護した母鳥を含む3家族をヘリコプターで移送するという離れ業です。復活作戦を現場で指揮する信州大名誉教授の中村浩志さんは、「飛来メス1羽だけでは、永続的な繁殖個体群はできない。母体となる創始個体群をつくることが必要」と説明しました。

とはいえ、相当の困難が予想されました。ほとんどが、これまで誰もやったことがない未知の分野だからです。1960年代、林野庁などが富士山と金峰山で新たなライチョウ生息地をつくろうと、北アルプス、南アルプスから10羽弱を移送しましたが、10年程度でともに姿が見えなくなりました。

今回、①飛来メスに有精卵を抱かせて孵化後、ケージ保護する②乗鞍岳でケージ保護した3家族を中央アルプスに移送する――の両面作戦をとることで、中央アルプスには新たに4家族の繁殖個体群が誕生することになります。成功すれば、1年後には20数羽に、5年後に100羽まで増える計算です。

art_00326_本文2(越冬確認)
中央アルプス・木曽駒ケ岳周辺に飛来したライチョウのメス(環境省提供)
art_00326_本文3(中村先生)
中村浩志・信州大名誉教授(長野朝日放送提供)

無精卵7個と有精卵8個

まずは、卵の入れ替え作戦です。

これは、飛来メスが無事に越冬していることが必要条件になります。ライチョウは冬場、天敵がいなくなり、生存率が高いのですが、なにせ広大な中央アルプスにたったの1羽です。ましてや、5月でも高山帯はまだ雪に覆われており、白い冬羽のライチョウを見つけるのは至難の業です。

2020年5月20~22日、中村さんと環境省職員らが中央アルプスの木曽駒ヶ岳(2956m)周辺へ、飛来メスの生息調査に入りました。残雪についた足跡を発見した後、約20mの近距離で姿を確認。真っ白い冬羽から茶褐色の夏羽に変わっていました。第1段階はクリアです。

前年、飛来メスは巣作りをして無精卵を産みましたが、はたして今回も巣を作って産卵するでしょうか? 6月5、6日、中村さんと環境省の小林篤専門官の2人は、まだ雪が残る木曽駒ヶ岳周辺で飛来メスの巣を探しました。粘り強く観察を続けていると、ハイマツ林にいる飛来メスを発見。近くで巣を確認し、無精卵が7個あることがわかりました。

art_00326_本文4(砂遊び)
巣を離れ、砂浴びをする飛来メス=2020年6月6日(環境省提供)
art_00326_本文5(採餌で離巣)
採餌のため、巣を離れた飛来メス=2020年6月6日(環境省提供)
art_00326_本文6(ハイマツ外縁の巣)
ハイマツ林の縁に作られた巣と卵。外から丸見え=2020年6月6日(環境省提供)
art_00326_本文7(抱卵糞)
飛来メスが抱卵中であることを示す抱卵糞(ふん)=2020年6月6日(環境省提供)

翌7日、大町山岳博物館(長野県大町市)など4施設から提供された有精卵8個と入れ替え、後日、抱卵しているのを確認しました。中村さんによると乗鞍岳の調査では、抱卵中の巣の3割が、テンなどの天敵による捕食被害に遭うそうです。巣は、ハイマツ林の外縁にあり、天敵に見つかりやすい場所です。人工物を嫌がって彼らが巣に近づかないよう、近くに金属製の三脚にセットしたセンサーカメラを設置しました。孵化後の様子を観察する目的もあります。

これで飛来メス家族の誕生の準備は整いました。卵が孵化したら、直後に家族ごとケージに収容すればいいわけです。卵の入れ替えに成功した後、長野市で記者会見した中村さんは「今後も課題は多い。孵化後は人の手で1カ月間、家族を守りたい」と話しました。

art_00326_本文8(動物園の印)
動物園から受け取った有精卵に印をつける=2020年6月6日(環境省提供)
art_00326_本文9(入れ替え後の巣)
飛来メスが産んだ無精卵と入れ替えた、動物園からの有精卵=2020年6月7日(環境省提供)

思わぬ「敵」が……

ヒナの誕生を心待ちにしていた7月2日、環境省から発表されたリリースに衝撃を受けました。

内容は「6月30日および7月1日に現地調査を実施した結果、5卵で孵化が確認されたものの、全個体の死亡が確認されましたのでお知らせします。付近のセンサーカメラには、ニホンザルが撮影されており、孵化途中にニホンザルがライチョウの巣を覗き、その影響で死亡した可能性があります」とありました。ヒナは無事に孵化したものの、直後に全滅したというのです。それもサルの影響で。

調査にあたった中村さんは、次のような見解を示しました。

「6月30日に死亡が確認されたライチョウのヒナ5羽は、前日午後に孵化したものの、ニホンザルの群れが高山帯にまで登ってきて、一部の個体がライチョウの巣に近づき、巣の中を覗き込んだ。母鳥が驚いて巣から飛び出したと考えられる。おそらくサルはヒナの鳴き声を聞き、興味本位で近づいたと見られる。母鳥に続いてヒナたちも巣から飛び出し散らばってしまった。しかし、母鳥は散らばったヒナを集めることができず、ヒナたちは短時間のうちに体が冷えて死んだと考えられる」

art_00326_本文10(サル)
センサーカメラに映り込むニホンザル=2020年7月2日(環境省提供)

ライチョウのヒナは、孵化後1カ月近くは自分で体温の調節ができず、母鳥のお腹に潜り込んで体を温めます。今回、母鳥もヒナもサルの出現によりパニックに陥り、最悪の事態を招いてしまいました。

前年に続いて卵の入れ替え作戦での孵化は成功しましたが、ヒナを生きながらえさせることはかないませんでした。復活作戦最大のピンチです。

中央アルプスでは、いまだライチョウの繁殖に成功せず――。望みは、乗鞍岳からの3家族移送作戦に託されました。

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