天然素材「カポック」でめざす持続可能なファッション ビジネスパーソンのためのSDGs講座【17】


慶応義塾大大学院特任教授。一般社団法人アンカー代表理事。企業のブランディング、マーケティング、SDGsなどのコンサルタントを務め、地方創生や高校のSDGs教育にも携わる。岩手県釜石市地方創生アドバイザー、セブン銀行SDGsアドバイザー。共著に「SDGsの本質」「ソーシャルインパクト」など多数。
「カポック」という木の実からとれる天然素材をファッションに活用し、業界のサステイナビリティー(持続可能性)向上をめざす起業家がいる。「KAPOK JAPAN」(カポックジャパン)の深井喜翔(きしょう)さん(30)だ。起業に至るストーリーには、サステイナビリティーを考えるヒントが詰まっている。
業界の構造に感じた疑問
深井さんは慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)にある環境情報学部を卒業後、大手繊維会社でファッションメーカーへの生地の営業を担当していた。当時から海外向けではリサイクル素材などエコフレンドリーな商品が売れ始めていたが、日本のメーカーは興味を示していなかった。クライアントの決まり文句は「安い生地はないの?」。価値の基準はお金しかないようだった。
大学時代からソーシャルな活動をしてきて、社会貢献ができるビジネスに興味のあった深井さんは、次第にこの仕事に対して冷めていった。
その後、家業を継ぐために親が経営する会社に入社した。1947年創業のアパレル関係の商社だ。
この会社に入って、業界の構造に驚いた。よく店舗で売られている2900円の服をつくろうとすると、原価を例えば1200円くらいに抑える必要がある。そのためには、アジアで大量につくって売るというビジネスモデルになる。現状、各国で人件費が高騰し、原価が上がっている。例えばカンボジアでは過去5年間で人件費が2倍になった。しかし、売り先にそのことを伝えても「がんばって」と言われ、値上げは難しい。
工場が無理をするか、会社が無理をして利益を削るか、その両方か。いずれにしてもサステイナブルな構造ではない。まして、深井さんが本来行いたい、原価の高いリサイクル素材を使うことはできない。
そのような状況に悶々(もんもん)としていたときに、カポックという素材に出合った。

クラウドファンディングで会社設立
カポックは、インドネシアなど熱帯地域に自生する植物で、その実から繊維を取ることができる。農薬や化学肥料を使わなくても育ち、採取するために樹木を切り倒す必要もない。天然素材として注目されてきたが、繊維が短すぎて糸にすることは難しいので、多くの企業は手を出さなかった。
深井さんは、カポックをダウンの代替品として活用できないかと考えた。動物の毛や皮革を使わないアニマルフリーの素材になると考えたのだ。ちょうど母方の親戚が群馬で布団工場を営んでおり、そこから教わって、カポック繊維をシート状に加工した「エシカルダウンカポック™」(特許出願中)の製品化に成功。生産しているインドネシア・ジャワ島にも足を運び、現地の農場と2020年に契約した。

同時に企業にも売り込んだ。しかし担当者の反応は冷たく、「どのブランドが採用しているの」と実績を問われた。そこで、自分で「KAPOK KNOT」(カポックノット)というブランドを立ち上げることにした。
「KNOT」は結び目のこと。永遠に続く、解けない結び目の水引をモチーフにしたロゴを用いて、日本発のサステイナビリティーをうたうブランドとして名づけた。

資金がなかったので、まずはクラウドファンディング。約1700万円が集まった。そして、親の会社とは別に自分の資金でKAPOK JAPANを設立。東京・日本橋にお店を立ち上げた。
この店はファッション業界では珍しい予約制だ。これは従業員のメンタルにとっても良い。通常のお店で、買うか買わないかわからない顧客に対して接客するのは、店員にとっては結構メンタルがすり減ることだという。
しかしこの店の場合、予約してくる顧客は最初から、カポックに興味をもって来店する。「こんなにちゃんと話を聞いてくれるってすごい」と、対応するスタッフは言う。店員も気持ちよく働ける上に、来店客の購買率は50%以上だ。
ビジネスパーソンのなかには、サステイナビリティーに取り組まなければならないという意識はあっても、具体的に何をしていいかわからない人が少なくない。「このブランドを着ることがその入り口になれば」という意識で購入する人もいるという。KAPOK JAPANには現在、価値観を共有する慶応SFC出身者も複数合流している。

社会性と事業性の両立を
そもそも深井さんがサステイナビリティーに興味をもったのは子どものころだ。国際交流を目的とする団体CISV(Children’s International Summer Villages)に参加し、世界各国の子どもたちと約1カ月の共同生活をしながら交流を深めるプログラムを体験した。プログラムには「人権」「紛争と解決」「多様性」「持続可能な発展」という四つのテーマがある。深井さんは日本の代表として活躍し、大学生のときには運営にも携わった。
大学で所属していた研究会の合宿では、沖縄県の宮古島にある、障がい者が働く福祉施設のお手伝いをした。
「その施設の理事長が『障がい者がつくっていることを抜きにしても売れる状態にしてほしい』と言ったんです。障がい者がつくるというストーリーがなくても売れる商品でなければ持続的ではない、と。福祉施設の人が、サステイナビリティーの高い考え方をしていることが衝撃的でした」(深井さん)

「私の大学生時代に注目されていたのが『社会起業家』です。社会起業家と従来の起業家との違いは何なのか。私の理解を端的に言えば、『社会性』と『事業性』の両立を諦めない姿勢です。社会起業家たちの欲張りにも思える姿勢の根本には、『自分たちだけがもうかればいい』という『自己』だけが主語の事業体は絶対に持ち合わせない、倫理観や美意識がありました。私はそれに憧れて、学生時代を過ごしました」
深井さんの所属した研究会の担当教員であった慶応義塾大学総合政策学部の玉村雅敏教授はこう話す。
「慶応SFCには『学生は未来からの留学生』という言葉があります。学生は、今日や明日だけではなく、明後日から先につながるよりよい未来を創る役割を担っています。そのために自ら学び、挑戦し続けるのがSFCの学生や卒業生です。よりよい未来のあり方を考えるには、ものごとの本質を洞察することが大切です。それは、ときには現在の状況と違うこともあるでしょう。そこで、さらに必要と思うことを学びつつも、試行錯誤し続けることで、よりよい未来へと前進できるのです」
深井さんの原点の一つには、大学時代に受けたこのような教育があった。「サステイナビリティーと事業の両立が当たり前だと思って社会に出たら、違った」と悶々とした時期を経て、今、目標にするのは「世界中にサステイナブルで機能的な素材を届ける」ことだ。

深井さんは、社会性と事業性の両立を実現し、ファッション業界を変えたいと本気で思っている。ユニクロなどのリサイクルの取り組みやチップを使った在庫管理など、業界全体でよりサステイナブルな取り組みが進むことが願いだ。しかし、業界のサステイナビリティーの考え方や取り組みは、どうしても表面的で短期の視点にとどまっているように見えてしまうという。
そこで最新の取り組みとして、全商品の「カーボンフットプリント」(CFP)の開示を始めた。カーボンフットプリントとは、商品のライフサイクルの各段階で排出される温室効果ガスの排出量を二酸化炭素に換算して表示することだ。ファッションブランドという身近なところからカーボンフットプリントに興味をもってもらうことで、地球の未来について考えるきっかけを共有していくのが狙いだ。
サステイナビリティーに興味をもち、大学でそれを増幅する教育を受け、仲間を持ち、親からファッションというビジネスのテーマを与えられた深井さん。この事業をはじめたのは必然だったかもしれない。事業拡大よりも、長期の視点に立ってファッション業界のサステイナビリティーを実現することを中心に据え、目標に向かって挑戦していく。
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